帰納と演繹、アイデンティティ

音楽の嗜好について

 亀吾郎法律事務所のごろうちゃんとさぶちゃんの間で、奇しくも一致した見解がある.今回はそれについて話をするとともに、世の中の難しい質問に対するトラブルシューティングを試みたい.


「好きな音楽は何ですか」「最近何聴いているの」

と訊かれるとやや返答に困ってしまうことがないだろうか.

「ウ~ン、IncognitoやJamiroquaiのようなアシッド・ジャズかなぁ」「何聴いているって言われても新旧の曲だからなぁ」「Nile Rodgersのような楽曲もいいかも」「うん」

 熱烈なファンや説明がうまい人でない限り、「好きな音楽」を説明することは難しいのではないか.ジャンルを答えればいいのか、アーティストを答えればいいのか.曲名なのか.演奏のとあるパートなのか、声なのか.

 例えば、さぶちゃんはPost Maloneの”The Circles”という曲が気に入っているが、決して他の曲が好きなわけではない.ごろうちゃんはHiroshi Watanabeの“Get it by your hands”という曲がフェイバリットなのだが、他の曲に詳しいわけではない.

 要するに「へぇ、Post Maloneが好きなんだ」と誤解されたくないのである.せっかくのいい声なのにライブ中も喫煙しているので、肺がんや喉頭がんなどの発がんリスクが高くて医療人としてヒヤヒヤする.歌手生命が危ぶまれる.さらにはいつの間にか入れ墨だらけになってしまい容姿も正直に言えば、怖い系の人になってしまった.発言の途中に必ず、Fで始まる用語を使うので、無作法な人なのかなと心配になる.つまり、人柄には惹かれない.歌唱力は抜群だが、他の曲に対する感動はそこまでとはいかない.とはいっても、”The Circles”は歌詞もメロディも郷愁を誘う美しいロック・ミュージックだと思う.

 つまり、もっと簡単にいうと、質問者が勝手に帰納的結論を導かないでほしいと思うことがある.前提が真だからといって、結論が真では無いのだ.ごろうちゃんが「虹」が好きだからと言って、「電気グルーヴ」が好き、ということにはならない.

 では、「ロック」が好きなのか、と言われるとこれまた難しい.ロック・ミュージックは多義的過ぎる.ごろうちゃんとさぶちゃんは、面倒くさがりなので「そうです」と答えるそうだ.相手がどのような文脈で言っているかわからない場合は、「そうです」といってそうそうに議論を切り上げることにする事が多い.

 ロックにもグラム・ロックや、グランジ・ロック、メタル、カントリーなど様々だ.一つのジャンルのなかに複数の下位分類があることは我々はよく知っている.しかし私達は日常の会話でそれを無意識に忘れてしまうことがあるのかもしれない.

 つまり、これらから何を述べたいのかといえば、「好きな音楽はなにか」という問いに対して、「〇〇です」という回答は難しいということ、そして私達亀吾郎法律事務所のスタッフは「曲一つひとつに対して愛着を持つのであって、よほどその音楽家に通じていない限り、どのアーティストが好きだ、とはいえない」ということだ.

 この議論は他のカテゴリについてもいえると思う.文学もそうかもしれない.好きな旅行先、好きな車、好きな衣服のブランド.皆さんはうまく説明できるだろうか.

 我々、亀吾郎法律事務所が提案するこうした質問に対する回答は、

「うーん、一概に言えないですね」「あなたはいかがですか」

というものである.あぁ、なんと凡庸なのだろうか.だが聞き手の意図を、文脈を確認するためにはこれが無難だ.相手がどのような答え方をするかで、自分の態度を決めればよい.答えがある人は自分の言葉を紡げば良い.このテーマは答えをもたない人のためにある.J. Lacanによれば、自分の欲望は他者の欲望だ、という.自分が何を欲しているかは、他者が何を求めているかを知ればよい.

 会話はひどく難しい.

ここまでありがとうございました.