麻婆豆腐小論

陳建一、遥かなる景色

photo of tofu on white plate against white background
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 私は無類の麻婆豆腐好きだ.毎日一食麻婆豆腐があっても大丈夫だ.皆さんはどうだろうか.熱々の豆腐に薫り立つ炸醤(ざーじゃん:肉味噌)、口にほおばるとプルプルの豆腐がとろける.肉の旨味がじわっと溢れる.ほどよく辛い.ご飯によく合う.汗が出てくる.無条件で美味しい.麻婆豆腐はどうやら四川省の料理で、日本には陳建民と陳建一が普及に大きく貢献したと聞く.お陰様で中華料理店には大抵麻婆豆腐がメニューにあるから、様々な麻婆豆腐が食べられる.大変ありがたいことだ.きっと皆さんも好きな麻婆豆腐の味はあると思う.お母さんの味、近所の中華料理店の味、高級レストランの逸品、知人が作ってくれた特別な味.何を基準にするかは各々の経験によるだろうから、正統性を議論するつもりは全く無い.ただ私にとっては地元の中華料理店が基準である.かつてはクックドゥや丸美屋が出している麻婆豆腐のもとを使ったものを食べていたし、自分で作る時もそれらを使っていた.

 しかしながら明くる日、地元の中華料理店で何気なく麻婆豆腐を注文したところ天地がひっくり返るほどの美味であった.「うますぎる!」市販のソースを悪く言うつもりは無い.とはいってももはや市販のそれを買う気にはならなくなってしまった.病みつきである.なにか秘密の葉っぱを隠し味に使っているのかな?ということは決してなくて、中国大陸から伝わる、一般的なレシピに則っていることを知ったのだった.

 では一般的なレシピとはなんぞや、ということになる.おそらく大多数が賛同するであろう麻婆豆腐の作り方を紹介している動画が一つの参考になるだろう.陳建一の紹介する以下の動画である.こんな麻婆豆腐、自分で作ってみたい!という希望を胸に私はワクワクしながら観た.ここまでは良かった.

 ご覧になってわかるのが、真紅の麻辣とよく染み込んだであろう豆腐.炸醤とはこのことを言うのかという驚き.思ったよりも手が込んでいるのだった.

 「肉を炒める時、よく音を聴いてください.焚き火の音がします」

おっ.本当だ.確かに焚き火だ.こうして臭みをとるんだな.なるほど、次はなんですか.

 「手前どもはこの調味料を使います」という陳建一氏.ウンウン、何を使うんですか.甜麺醤.ウンウン.え?自家製?ブレンドもの?そんなの無いよ.

 「うちで使う豆板醤は郫県豆板醤で、三年もの.四川省から取り寄せました、そしてこれは辣椒粉、四川省から取り寄せた一味唐辛子です.そして大事なのが朝天椒」

 うーん.初めて聞いたなぁ.ぴーしぇん豆板醤もないし、らーじゃおふぇんもない.ちゃおてぃえんじゃおも知らないなぁ.なんだか真似できないなぁ.

 「豆鼓を刻んだものを入れます、紹興酒とお醤油をいれます、さらに葉ニンニクをいれてください」

 「最後にかならず山椒をかけてください、これ本当に香りがいいんです」

 大変美味しそうで涎がこぼれてくる一方、要求する食材が別の惑星にあるような感じで、手が出せない.葉ニンニクも手に入りそうにない.唯一山椒はある.これは私でもできる.とは言えど重要な調味料がない.私は思わず握りこぶしを作り、爪が手のひらに食い込む.ぐぬぬぬ.中華鍋もないし紹興酒もうちには無いから、これは到底つくれないと思ってしまった.恐るべし、陳建一.やはりクックドゥで我慢しないといけませんか.

 とは思いつつもできる範囲で真似してみることにした.葉ニンニクは青ネギで代用.豆板醤はスーパーで売っている李錦記のものを使う.ラー油は市販のものをぴゅぴゅっとぶっかける.紹興酒はもちろんないのでふつーの料理酒を使った.豆腐もめんどうだったが塩茹でまでした.甜麺醤がないのでべつのものを使った(後述).豆鼓は無いので省略.

 結局、出来たには出来たが、出来損ないの麻婆豆腐になってしまった.香りは立たないしやたら辛くて、真っ黒.それにしょっぱい.ひき肉には申し訳ないことをした.もちろん完食したが気落ちしてしまった.別の日に口直しで例の中華料理店で麻婆豆腐を食べてきた.いつもと変わらずうまかった.

 お前の腕が悪いのではないか、というご指摘は謹んでお受けしたい.確かにそうかもしれない.できるだけ手元にある食材で、名工の味に近づいてみたい.私のリアリズムの欲望は、現地では調達できない<食材>、それゆえ再現不能な<味>、<情報>の余剰、「食べてくれる人」の存在の否認と結びついていた.

 その後も性懲りも無く麻婆豆腐を作り続けた.作り続けていたある日.リアリズムの欲求が突き抜けて完全にマッド・サイエンティストのようになった私はとんでもないことをひらめいてしまった.アルキメデスの気持ちが少しわかったかもしれない.

 マーマイト(Marmite)が代用になるのではないか?

 

 マーマイトをご存知でない諸兄もいると思う.ベジマイト(Vegemite)は知っているだろうか.簡単にいえば真っ黒なペーストだ.ビールの醸造で堆積した酵母をもとに作った食べ物である.マーマイトとベジマイトは厳密には異なるようだが、ここではその話は控えておく.私はかつてニュージーランドを二度訪れたことがあり、そこでベジマイトとマーマイトをそれぞれ購入した.なぜか.それは私なりの好奇心であった.どうやら現地の人々、主に大英帝国の影響を受けたアングロサクソン系のオトモダチはトーストに塗るらしい.私も英国やニュージーランドにいた頃、試しに塗ってみたことがある.

 正直に言えば、「もっとマシな食い方があるのではないか」という感想だ.これだから英国料理は…という批判が生まれるかもしれないが、そういう趣旨では無い.私はフルブレークファストが好きだし、向こうの人々が作るカレーも大変好みだ.ジャンキーなフィッシュアンドチップスも酢をかけて食う彼らの気持ちが良く分かる.ブラックプディングのどす黒い濃厚な味はご褒美である.若干豆の煮込みは飽きる.

 だが、マーマイト.これはもう少し工夫しがいがあるのではと思っている.購入動機はそれだ.私は料理に詳しいわけではないから高尚な話はできない.

 豆鼓は黒豆を発酵させたもの、甜麺醤は小麦に麹と塩を混ぜた発酵食品.マーマイトはビール酵母の沈殿物である.起源は別だが、発酵というプロセスは似ていると思う.さらに、これは私のきのせいでなければよいのだが、マーマイトは豆鼓の香りに似ている.もしわからなければ大徳寺納豆と同じ香りがすると言ったらよいか.味も似ている.大徳寺納豆は麹で発酵させているから確かに豆鼓と似ている.私は密かにマーマイトは豆鼓や甜麺醤に近接した食品ではないかと思っている.

 というわけで早速試してみたのだ.上手くいく気がして心躍る思いであった.具体的にどう使うのかというと、炸醤を作るときにひき肉に混ぜる.

 だが、マーマイトの粘性が高くて、溶けにくいことよ.熱を加えてもなかなか溶けないのだ.なんとかして私は鬼の形相でひき肉と融合させた.フライパンから独特の香ばしさが漂う.いい感じだ.

 あとは先程と同じ要領だ.豆板醤を適切なタイミングで混ぜ、豆腐と合わせる.工夫を凝らして、さぁ完成!……と言いたかったのだが、なかなかうまく行かないのが世の常である.味見すると、どうしても渋みが麻婆豆腐の邪魔をする.コクがあるといえばその通りではある.コクがくどい.それからややしょっぱい.マーマイトに含まれる塩気を考慮していなかったのだ.

 結局、失敗に終わったといっておこう.決してまずくないものであったが、他所様に提供するにははばかられるメニューかもしれない.なんと例えてよいだろうか、表現が難しい.自己弁護のようで恥ずかしいが何となく方向性は悪くないかな、とわずかな手応えを感じた程度であった.

 あまりマーマイトにこだわらずにその後は適度な労力の麻婆豆腐を作るようになった.動画サイトでさらに調べてみると、様々な料理研究家が各々の工夫を凝らし、お手軽で美味しい麻婆豆腐を開発していることがわかった.皆それぞれが口にするのは、「これが一番だと思う」という自信である.その自信は動画には見えないところで培った努力の賜物なのだろう.動画では一番美味しいところを見せるが、影では相当の失敗を重ねていると推察する.探求と工夫に裏打ちされた自信であるに違いながら、私はそれぞれに「貴方こそナンバーワンです」と言って賛辞を贈りたい.

 麻婆豆腐の動画を沢山見て共通した部分があることに気づく.それについて一応私の意見を述べておしまいにしておきたい.

 ・炸醤を作る上で、ひき肉をしっかり炒めること.焚き火の音がするくらいという表現でも良いし、肉汁が透き通るくらい炒めるという基準でも良い.そうでないと肉の臭みが抜けないのだ.

 ・麻婆豆腐はいかに豆腐を美味しく食べるか、という企てがあるそうだ.そのためには豆腐の余分な水分を抜くことが重要である.その方法はいくつかある.一つは陳建一が教えるように塩茹ですること.茹で上がるタイミングは豆腐がダンスするまで(陳建一曰く).或いは、キッチンペーパーで包んで電子レンジで加熱する方法.私は後者が簡単なのでこちらを採用している.

 ・豆腐は絹でも木綿でも良い.私はプルプル感を得ようと絹を使っていたが、崩れやすいので木綿に切り替えた.事前に豆腐を賽の目切りにする方法が多数だが、鍋に入れて混ぜる時に崩れやすいために、一丁まるごと入れてから、お玉で雑に崩す方法もある.私は後者を採用した.自宅で作るのなら見栄えはそこまで重視しないからだ.審美主義の方なら前者がいいかもしれない.表面積を増やすことで味の浸透が深まる.

 ・調味料をどこまで使うかは、料理する人がどこまで求道者なのかによる.簡単さを求めるなら、豆板醤さえあればあとは市販の調味料で作ることもできる(コウケンテツ曰く).しかし、究極を求めたい、という人ならば唐辛子の選定や醤の味にこだわってもいいだろう.注意すべきはリアリズムの欲望はエゴイズムとナルシズムに接近する恐れがある.カレーづくりと似ている.料理会の暗黒面ともいえる.

 私は学生の頃はどちらかというと、パラケルススのような錬金術師を目指していた.完璧を目指していたのだ.だがどうあがいても金は作れない.それがわかるまでだいぶ時間がかかった.べつに金でなくても良い.似た色の真鍮でも良いではないかと最近は考えている.私は土井善晴という料理研究家を知ってから、彼の料理に関する言葉を聞いてかなり力を抜いて料理することができるようになったと思う.あまり頑張らなくて良いのだ.ご飯とおかずがあればそれでごちそうだ.一緒に食べてくれる人がいて、美味しいと言ってくれれば、それで良いじゃないか.私はもうこのままで良いと思っている(マーマイトの研究は極秘で続けたいけれど).

 今回はかなりゆるく記事を書きました.お気に召していただけたら嬉しいです.麻婆豆腐についての忌憚のないご意見もお待ちしています.マーマイトに関する独自研究も大歓迎です.緩急をつけてこれからも楽しく記事を書いていきます.どうぞよろしくおねがいします.