お正月過ぎて

people walking on the street
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ゲームの話

 お正月はNintendo Switch Onlineで提供されるスーパーファミコンのソフトをNintendo Switchで遊んだ.1994年に発売された「スーパードンキーコング:Donkey Kong Country」を久々にプレイしたが、十分楽しめた.十字キーと4つのボタンで遊べる仕組みを作った人々の功績は素晴らしい.特に横井軍平氏には感謝だ.英国レア社が発表した上記タイトルは、スーパーファミコンの描画機能の極致といえる美しさであり、David Wise氏の作曲する楽曲は世界観の構築に大きく寄与している.

 当時はテレビにつないで遊んでいたものが今や携帯ゲームとして遊べるようになるとは思わなかった.しかも無料で.久々に遊ぶとこのゲームの作り込みに関心する.敵として登場するクレムリン軍団のどこか憎めない動作も微笑ましい.踏みつけたり、樽を投げつけると、「ンガッー!」と間抜けな声をあげて倒れる動作が懐かしくて、つい音量をあげてしまった.ドンキーコングはじめコングファミリーたちもか弱いので、敵と遭遇し、どこかかすりでもすれば、たちまち退場となり、ゲームオーバーとなる.この厳しさは現在のゲームにはなかなかないだろう.

「うちの子ったらゲームばかりしてるんですの」

 当時幼少期を過ごした皆様はきっとご家族にそう言われたことであろう.だが我々は我々で様々な死線をかいくぐり、試行錯誤していたのだと主張したい.

 もう一つ、HAL研究所から出された1996年の「星のカービィスーパーデラックス」は横スクロールアクションゲームの傑作といっても過言ではないだろう.これも今やNintendo Switchで遊べるようになったのだから今のキッズたちは果報者だ.オムニバス形式の「スーパーデラックス」は、カービィの美味しい要素を詰め込んだ贅沢なお弁当といった感じで、スーパーファミコンの黄金期の一つであった.久々にプレイして、当時の懐かしさを味わうことができたのは良いことだった.

久々に映画鑑賞

 お正月には他に別のことをした.Amazon Primeで映画を観たのだった.まずは「日本のいちばん長い日:Japan’s Longest Day」という映画で、1967年のものと、2015年のものがある.私は両方観たのだがどちらも興味深く観ることができた.昭和20年8月14日から15日にかけて、ポツダム宣言受諾をめぐる閣僚内の対立、陸軍内部の摩擦、この狭間にいる陸軍大臣、阿南惟幾の葛藤が描かれる.

 天皇を除いて登場人物全員がものすごい汗をかいている姿は、いい意味でむさ苦しく、陸軍青年将校の戦争継続を最後の最後まで希望する姿は、恐ろしいほど鬼気迫るものであった.特に2015年版の松坂桃李氏演じる畑中少佐が阿南大臣にブチ切れるシーンは演技にしてはできすぎるほどの逆上であり、瞬時に顔面を紅潮させ、顔の血管が怒張し、両手が骨折しかねないほどの力で上司の机をぶっ叩く姿は、周囲もドン引きする空気を出していた.このシーンは自身の理想が、尊敬していた上司によって即座に打ち砕かれる彼の精神的脆さをも表していたように私には感じられた.

 一方で、師団長を躊躇せずに射殺する肝の座りようは、彼の志が全くぶれないことの証であり、ある種同胞にも容赦ない冷淡さを垣間見た.史実かどうかはともかく、動と静の二面を見事に演じたのだなぁと思う.

 当時の陸軍将校だけでなく、国民の一部が、戦争継続ができるとすっかり信じていたこと、本土決戦に持ち込めば日本に勝機があるという論理を本気で信憑していたこと、どうしてこのようなことを頑なに信じるようになったのだろうかと、少し考える機会になった.

 そして、現代の時勢に照らしてみて、「2021年は絶対にオリンピックを開催させる」「このコロナ禍を収束させてオリンピックを人々の希望にする」「スポーツ振興は国民の健康のためになる」という主張が政局の中枢から聞かれるのは、何か似たようなロジックが働いているのだろうか、とも考えてしまった.これ以上邪推はいけない.だが、主張する側も、もう少し説得力のある主張をしなければ.

 もう一つ、映画を観た.2016年公開の「シン・ゴジラ」を久々に見直してみた.ゴジラシリーズは昔から好きなのだ.官邸で未確認生物ゴジラについてアレヤコレヤと閣僚がまじめに議論する姿は、なんだか滑稽なのだが、ゴジラを厄災の暗喩として考えると、今回の疫病に対する人々の対応も似た構図になるのだろうかと、つい変な想像をしてしまう.さすがにコロナ禍では大地は揺れないし、放射線も観測されないのだが、いままで直面したことのない脅威に対して私達がどのように振る舞うか、この作品を考えた人々は我々に問題提起をしているのかな、とも考えてしまった.

 どうやらゴジラが東京を破壊するのは15回にわたるそうだ.戦争や震災を含めれば東京が壊れ再興してきた数は無数にわたるだろう.破壊のたびに都市は混沌をまといながら再生してきた.都市上空の風景は皇居以外ごちゃごちゃのカオスだ.電車でも車でも車窓から見える風景は無秩序だ.あってほしくはないが、おそらく今回のコロナ禍もめちゃくちゃのごちゃごちゃのドンガラガッシャーン!っといった感じで後味の悪い結末を迎えそうである.

 作中、ある人物が「国のトップがいなくなっても、すぐに代わりが決まるのがこの国のいいところだ」と言っていたような気がする.かなりの皮肉が込められているのだろうが、トップが決まっても中身がポンコツでは困ってしまう.同時に作中では「これからは若い人が国をひっぱっていってほしい」というセリフがあったような気もする.ほとんど同じセリフが「日本のいちばん長い日」にもあったように思う.昔から我々は同じテーマで悩んでいるのだなぁ.としみじみ思ったお正月であった.

 本年もよろしくお願いします.

 

 

 

投稿百回目に思うこと

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誰のどんな問題を解決するのか

 実は亀吾郎法律事務所のブログを開設して今回で百回目の投稿になる.これまでの間、何を書こうかなと考えているうちに身構えてしまい、なかなか記事を書くことができなかった.変に気負ってしまってはいけない.なにを書けばよいのかと事務所のスタッフに訊いてみたら「百回目はおめでたいのだから、めでたいことを書けばよい」という.うーむ.めでたいことが思いつかない.世の中で報道される時事でめでたいことも少ないように思う.やはり世界中がウィルス感染症の話題でもちきりだ.ウィルスの話はたくさんだ.亀吾郎法律事務所は誰にとっても平穏で心安らかに過ごせる場所であるべきだ.だからウィルスの話はしない.

 最近、私、吾郎が考えている話をしたいと思う.私が何を考えているかというと「亀吾郎法律事務所」の方向性に関する問題である.ブログを開設してから実にたくさんの方々に来ていただいた.まずこのことについてお礼申し上げたいと思う.いつもありがとうございます!亀吾郎法律事務所は「法律に門外漢」といういい加減な副題を掲げて精神医学、哲学、語学や一部社会学、芸術について自分の考えを論じてきた.放埒と言われてはやや閉口してしまうのだが、私達自身は自由奔放に記述することができ、スタッフの精神の安定に大きく寄与したように思っている.今後もこの奔放さを継続して自由に言論活動を行っていきたい次第である.

 その方向性の中で私がこの頃気にしているのは「このブログの需要とはなんぞや」という問題である.「いやいや、こんな弱小ブログ、だれも求めてないぞ」という辛辣なご意見は当然あるだろう.それはそうかもしれない.さきほど述べたように、この記事は好き勝手に筆を走らせて記載したにすぎないのだから「このブログの記事が向かう先は画面の向こうの読者」とうそぶいて実は自分のために書いているのだ、と指摘されても否定はできない.ブログの志向性が自己に向かっているというわけだ.記事を書いてカタルシスに浸るのも、読者に志向しているのではなく、実は深層で自分に向けて記事を書いていたのだから究極は自慰的な要素があったわけだ.

「なんという卑劣漢.人非人!なんだかんだいって貴様は自分の事しか考えていないわけか.人でなしめ!悪辣な屑よ」

と罵るのも結構であるが、前述を踏まえたうえで内省を深めてみると、次のようなことを思いつく.確実ではないのだが、間主観的(広く言えば客観的)に考えてみれば、我々と同じブログを書く人々や、物書きというのは文章が他者へ開かれている一方で、それが志向するところはすべからく自己を向いているのではないだろうか、ということだ.それはときに自己治療的であったり、自己愛であったり、自己耽溺、自己欺瞞でもあるように思う.私達が広告を貼り付けてブログを投稿するのは、内心広告収入を得たいという利己主義に基づく行為であるし、たまたま広告主と利益が一致しているだけだ.誰でもやっぱりお金はほしいのだ.誰が読むかわからないのに、誰も来ないかもしれないのに、私のような三文記事を延々と書き連ねるのは、真の利他的な聖人か、平凡で利己的な俗人でしかない.

 こういうことを書くと、他のブロガーの顰蹙を買ってしまって「いいね」がもらえなくなってしまうかもしれないのだが、それはそれで結構なことだと思う.ある意味私の企てが成功したといえる.

 もう一度話をもどそう.私達スタッフは「このブログは誰のどんな問題を解決するのか」ということを考えている.しかしつまるところ志向性は自己の欲望へと行き着くのだという見解に我々は達した.とはいってもその中間項に他者=読者がいるのだから、仮に建前であったとしても、自己の欲望が他者を介在してでも、「誰かの問題」を解決できればいいな、と思っている.本当に.

 そこで亀吾郎法律事務所は以下の二点について考えた.このブログの目指すところ、すなわち理念といったところである.まずは「誰のどんな問題を解決するか」という問に対して、私達は次のように考える.

「社会から疎外感を感じる人々、居場所をなくして困っている人、生きづらさを抱えている人」の、「自分の弱さを冷静かつ真摯に受け入れたい、学術的に理解したいという願い」をユーモアとともに解決するブログ

と銘打つことにしたい.そしてもう一つは、

(社会通念上健全と思われる方向性において)圧倒的に個性的で突き抜けた記事を目指すこと

である.いかがだろうか.このようにした理由の一つに、自分自身もそのような思いを体感していること、広い意味で類似した思いを抱えている人々がどのような心情を抱いているかをよく理解したいという考えがある.それを扱うことによって、単なるブログ執筆に終始しないという自律心が芽生えるし、自身の勉強、記事執筆の動機づけにもなる.そして記事の内容は自分の信条を貫いたものかつ、超絶怒涛、個性あふれるものを目指したいという野心に基づいている.私は医学の出自であるものの、人文科学寄りのテーマに親和的な傾向があると思っている.精神医学という分野の中でとりわけ自然科学とはいえない領域を扱うことによって、インターネットの世界でも明るみにでなかった部分に光を照らすことができるのではないかと思っている.特に精神病理学の役割は大きいのではないかと思う.私が知る限り、精神病理学の文献は非常に難解で文章が硬い.こうしたところがこの学問を高潔にする一方で、とっつきにくさを出してしまっている印象がある.私は私なりにこの学問に理解を示しつつ、若気の至によって何らかの方法で茶化してみたり、現代の流行や事象を例えを用いてこの学問への抵抗を減らして行ければよいかと思っている.また、英語を主とする外国語の翻訳や鑑賞を通して、語学の勉強を行うことや、文学の紹介と通じて、亀吾郎法律事務所の新境地を開拓できたら嬉しい.実際、以前投稿したエジプトのポップ音楽はなかなか好評だったように思う.また、「フォン・ドマルスの原理」の紹介も思いの外、表示数が多かった.

 記事を百書いて、ようやくブログの方向性が見えてきたように思う.先達のブロガーたちが「つべこべ言わず記事を百は書け」という理由もなんとなくわかるような気がする.私達、亀吾郎法律事務所はスタートラインに立ったばかりだということを知る.

 事務所スタッフは「めでたいことを書けば良い」ということだったが、「目出度い」記事ではなく、「愛でたい」記事になってしまった.期せずしてブログ投稿百回目の内容はこれから私達がどのような記事を書いてゆくか、という所信表明のようなものになった.

 これからも亀吾郎法律事務所をよろしくお願いします.私達は「社会から疎外感を感じる人々、居場所をなくして困っている人、生きづらさを抱えている人」の、「自分の弱さを冷静かつ真摯に受け入れたい、学術的に理解したいという願い」に応えられるよう、日々面白おかしく、楽しく記事を投稿し続ける所存です、私達は旅人を吹き飛ばす北風ではなく、ぬくぬくと暖かく旅人を照らす太陽でありたいと心から思っています.

 

小論あれこれ

二つのタイムズ

 12月16日から審査の結果「ジャパンタイムズ」紙と提携することとなり、小サイトに広告を掲載することに相成った.ありがたいことである.だから一応宣伝だけしておこう.「ジャパンタイムズ」とはいっても「ジャパンタイムズ・アルファ」といって、内容は平易な方かつ、一週間に一度の発行であるから小規模なものになる.つまりは英語の初学者に向いている、ということになる.和訳もついているという.そして電子媒体ももれなくついてくるそうだから、安心していただきたい.牛丼を頼むと味噌汁もついてくる感じか.時事に関心があって、英語の勉強を始めたい、という方にはおすすめしやすい.

 亀吾郎法律事務所は事務所らしく、「アルファではないジャパンタイムズ」を購読することにした(ということはオメガなのか?).月額100円のキャンペーン中であったからだ.100円ならばラーメン屋でトッピングを我慢すれば良い.電子版なので場所を取らずに済むのはとても良いと思う.とは言っても亀吾郎法律事務所のスタッフが新聞を取る狙いは別にある.極論、時事問題などどうしようもないのだ.クサガメにとっても人間にとっても.私達にできることは各々の素養を伸ばすことだ.私達は語学力のさらなる上達に心を傾けている.私はなぜ、自分の英文がぎこちなく、つまらないかを理解したような気がしている.結論からいえば、圧倒的に語彙力が足りないということだ.だからどうしても表現が平坦になる.「それでいいでしょ」という意見はごもっともなのだが、私はもっと深く、どこまでも深い語学の真髄のようなものを味わってみたいと密かに思っている.少なくともあと2000語から3000語は語彙を増やすことが必要だ.そのためにはどうするか、事務所のみんなが思いついたのは活字を読むことだ.「ジャパンタイムズ」を購読するメリットはもう一つある.抱き合わせで「ニューヨーク・タイムズ」が付帯する.二社の紙面を見比べるという面白いことができるではないか.特に社説は興味深い.できればブログに掲載して紹介することも考えたのだが、著作権の都合でそれはできない.だからこの楽しみは内輪でやるとしよう.

語彙を増やすには

 語学の勉強において、語彙を増やすことはしばしば難しい課題だと思う.それは長く、苦しい.まるで修行のようなものだ.私は高校生時代以来の修行に望むつもりでいる.だが、当時よりも技術革新が進んだおかげで覚える工夫さえすれば、あとは個人の資質次第、という幸運となった.では、どのようにするか.

 一つは明確な最終到達目標を掲げること.私の場合は「とある試験」を受けることで成就する、ということになるか.それは絶望ではなく希望的なものであるほうが良い.

 もう一つは、私だけの特権である「The Book of Tea」を再利用する方法である.「とある試験」に即した単語集を購入し、それに記されている2000語超の単語と照合する.これにはGoogleのSpreadsheetを使う.そのためにまずは手入力で2000語の単語を打ち込み、リストを作成する.続いて亀吾郎法律事務所のブログにある「The Book of Tea」の英文をすべて一編にしてPDF化する.この作業はGoogleのDocumentsを使う(のちにProject Gutenbergで簡単に手に入ることを知る).あとは⌘+Fで、単語集に載っている単語があるかを照会し、照会した単語と一緒に例文を抽出、独自の例文集を作成するというものだ.これに対して「なぜ、単語集に載っている例文を使わないのか」という質問が考えられる.なぜか.それには二つ理由がある.一つは、私の性癖だからだ.フフフ、何も言えまい.もう一つは「この私が』、単語を覚える」のであり、「私が単語集に覚えさせられる」のではない.私が時間をかけ、ATPを消費し、打ち込んだ努力の結晶は「私自身によってのみ為された営為」であり、一つの有機的な情動体験であると考えるからだ.人間やクサガメの記憶というのは、情動体験が伴うと定着しやすいことが知られている.ここでは肯定的な情動体験を利用し記憶の定着を深めることにする.要するに愛着が湧いている.

 だが流石に「The Book of Tea」だけでは2000語には及ばない.なので他の著作を検索中である.それも著作権が失効している作品が望ましい.また進捗があればお伝えしたいと思う.

 もう一つの脱出・超越

 以前述べた小論「超越・脱出」で幾つかの脱出方法を考察したことがあった.「欣求浄土に先行する厭離穢土の一貫性」、「解離現象」、「自殺」といった方法を挙げ、「異世界系小説」における関連性を考えることがあった.その時の私は懸命に「脱出」という方法について考えていたのだが、なかなか思いつかなかった.

 しかしながら、ここ最近、自分が実際にその体験「脱出・超越」をする運び(まさか自分がするとは思わなかった!)となった.これは本当に、本当に気が付かなかったのだが、その脱出と超越は思いもよらぬ方法で、しかも極めて現実的な方法であった.

 私は急遽第六部を執筆する構想を練っている.私が当時書いた冒頭の文章はでっち上げのつもりだったのに、なんだか自分の苦痛を表しているかのようで思わずハッとする.

「今」自分が置かれている状況がとても辛い、現状に満足していない、なんとかして抜け出したい.そんなとき私達はどうするだろうか.休暇を取る?仕事をしている人なら職場になんて言おうか.「言いづらくて……」「きっと上司に小言を言われる」「申請が面倒くさいのです」という感想を持つ人は少なくないだろう.

「法事がありまして……」嘘がバレたらどうしようと思う人もいるだろう、取れる休みもせいぜい1日2日だ.「風邪を引いたことにしよう」医療機関を受診した証明をもらってきてくださいと言われるとうまくいかない.嘘をつくにも頭を使う.もし休暇が取れたとしても行程を考えると思うと大変だ……お金もかかるし…… そう考えている人はきっと疲れている.疲れている人は多い.

いっそ誰も自分のことを知らないどこかに行ってしまいたい、そう夢想する人はいるだろう.私はそう考えたことがある.皆さんはどんなところに行くことを考えるだろうか.

近年の異世界系小説に見る超越と脱出:1 より

 私は私で形容し難い問題を抱えていて、なかなか前進することができなかった.考えても考えても出てこなかった.しかし案外答えは近くにあったのだ.実は私に最も近い人が答えを教えてくれていた.

 「もったいぶらずに早く答えを言えよ」と思う読者はどうかこらえていただきたい.ここで種を明かしては興が醒めてしまう.いつか追補記事を書くつもりだ.

 昔の執筆内容を振り返ると、当時の自分の考えていたこと、感じていたことがありありと蘇る.「あぁ、自分はこう考えていたのか」「あのときから、悩んでいたんだな」と感慨深い.私自身の精神病理を垣間見た気がする.思考の静止というのはこのような状態をいうのか、と.私は記事を書いて良かったと思う.これが自由連想法なのだろうか.それについても少しだけ触れることにしよう.

 結局、脱出は困難である.私は論考を書き進めながら、どんな結末になるかは私の筆任せにしていた.まぁ楽観できる結語を期待するのは難しい.一応、一時的な脱出は可能だ.旅行は脱出だが、死ぬまで旅行を続けることは現実的でない.帰還することが前提になる.亡命という手段はあるが、日本人はほとんどその選択肢をとらないだろう.もう一つは空想へ脱出すること.しかしこれは虚構にすぎず儚いものだ.それでもよければ脱出してもいいが、現実への諦念が色濃くなる.解離.これは条件付きの脱出だが、尋常ならざる苦痛が伴う.例外的な手段と考えるべきだ.

 そして自殺.究極の手段.たった一度きり.すべてが終わるが、本当にすべて終わる.苦しみも悲しみも消える.だが、かけがえのない存在や生きていたとき感じた正の感情、思い出、何もかも消えてしまう.そして死を考え続け、選ぶことはとてつもなく辛い作業だ.残された人にとっても.

近年の異世界系小説における超越と脱出:5 より

 私は、「脱出は困難」としていた.何度でも言うが本気でそう思っていた.頑迷になっていたのだろうかと思うくらい.私は何時間も何日も考えていたことだったがここ最近まで気づくことができなかった.無意識のうちに気づいていたのかもしれないが、心の中で必死に打ち消していたのだろう.本当に情けない.だが文章は嘘をつかなかったわけだ.

 私はただ死ぬことばかりを考えていたようにも思う.当時から死は魅力的だった.今は少しだけ魅力が減ったのかもしれない.それでもタナトス(死への欲動)は妖しく微笑むことがある.今でも次のような気持ちは変わらない.本当に吐き気がする.

 私は少ない経験ながらも若い人から高齢の方まで、悲痛な面持ちで診察室を訪ねてくる患者さんを相手にしてきた.皆職場を契機にうつ病や適応障害といった診断名になる.どなたも口を揃えて言うのは、休むにも休めなくて……私がいないと……仕事がなくなってしまったら……

 そういった言葉はとてもとても良くわかる.それぞれの言葉に対して私なりに説得力のある説明を試みたつもりだが、それではあまりに時間が足りなかった.一人の診察にかけられる時間は極めてわずかだった.たかが5分ではわずかな時間に何かしたくても神の言葉でない限り、その人を健康な世界へ導き勇気づけることは私にとってはあまりにも難しい.社会資源を目一杯使おうという言葉は聞こえがいいが、私のいたところでは資源は足りていなかった.だが「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」と言われているようで悔しくてたまらなかった.抗うつ薬をいくら出しても真のリカバリには遠いことは目に見えていた.如何に数を捌くかが求められた.私はその職場を離れることになった.今考えただけでも吐き気がする.そして私自身の不甲斐なさと力量不足があったことを認めざるを得ない.私は今でも申し訳ない気持ちでいるし、何か他にできたのではないかとずっと悔やんでいる.恥ずかしい話だが、私は電話相談や面接で「死にたい」という患者さんに「自殺してはいけない理由」をうまく説明できたと思ったことがないことをここに告白する.どう説明したらよいかかれこれ考えているが未だに名案が浮かばない.誓ってこれまで一度たりと手を抜いたことはなかったが、職業人として失格なのではと思うこともある.

同上

 今でも職業人として失格だと思うが、私は私なりの方法で償いをしたいと思う. 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました.

 

英語学習についての個人的見解

楽しくやれたらいい

 自然科学において、最も根拠のある主張、すなわちエビデンスが高いものというのは、メタアナリシス研究に基づく結果だという.その下には無作為対照研究(Randomised Control Trial: RCT)がある.さらにさらに根拠の低い試験や研究があり、最も根拠のないものは、(実は)専門家の意見である.だから専門家の意見をあてにするな、とはいわないが、「自分で取捨選択せよ」ということになる.逆にメタアナリシスの結果で帰無仮説が棄却されたからといってその仮説が正しいわけではない.尤もらしいだけだ.こういった誤解は現代でも続いている.ちなみに私は自然科学の畑を出自に持つが、「尤もらしい」とかいう妙な曖昧さが好きでない.

 さて、私がこれから話すことは自然科学の領域ではない.そもそも自然科学と人文科学というのは境界不明瞭だからあまりそういう話をしても仕方がない.エジプトとリビアの間に南北の直線を引いたようなものだ.どちらかといえば人文科学の話をする.私は亀吾郎法律事務所の職員に過ぎず、英語の先生ではない.専門家でも無い.だから自然科学の序列に従えば、この話は最も信憑性がないことになってしまう.「自分から信頼度をさげるとはやはり愚か者め」とお思いの一部諸兄は、落ち着いていただきたい.この論理でいくとあらゆるYouTubeの投稿者が熱く持論を語る行為がすべて虚しくなってしまう.だがそうでは無いだろう.私は、個人的な経験を未来の他者と分有できるか、可能性に賭けてみたいだけだ.

私の話から

 私にとっての初の語学体験は、公文式の英語のときだったと記憶する.単なるCDプレーヤーから流れる英文を聞いて、適切な回答を記述するトレーニングを要請された.

 小学二年生か三年生だったか.「あぁ、今日も洒落臭えなぁ」と思って課題をこなしていたところ、全身を駆け巡る極彩色の電撃が一閃.次の英文を書いた.

The hill is high.

私は英文から並々ならぬ霊感を受けた.

「今、自分は文章を作ったぞ」

という猛烈な興奮.当時の自分にとっては第二文型などどうでもよかった.傍から見れば、「いつもぼーっとしている〇〇くんがなんだかニヤニヤしているな、大丈夫かな」くらいだ.しかし、私は独自に創造という営為を成し遂げた、ホモ・サピエンスを自称するに等しいくらいの感動と自負に満ちていた(後にホモ・サピエンスは撤回した).

 この感興は忘れがたい.私に「自分史」というものがあれば間違いなく、世紀の大事件だった.そこから私は狂ったようにCDプレーヤーを再生した.そして聞きすぎて幾つものプレーヤーを破壊した.

 中学一年生の頃にはちょうど、「生き残った魔法使いの少年」が大人気になりつつあるころだった.私は「賢者の石」を一晩で読み終えたが、生ビール中ジョッキ一つでは足りないおっさんのように物足りなかった.実に見事な翻訳だった.どうやら本国では次回作「秘密の部屋」が出ているらしい.私はウズウズした.

「そうか、原著を読めばよい」

 早速あの手この手で入手し、「Philosopher’s Stone」を読み始めた.一頁目から苦戦した.当時の自分には知らない語だらけだった.文法もよくわからない.一文、一文を辞書を引いて、引いて、引いて、引いて、引いて、引いて、引きまくった.辞書とは今でも良き友人だ.中学校では朝の十五分間に読書の時間があった.辞書と本を持ち込んで、辞書を引く作業を続けた.辞書を使い倒す習慣が始まったのはこの頃からだろう.現在辞書はほぼ電子化した.Macintoshのパソコンを使っている方は、「辞書」のアプリケーションをぜひ利用していただきたい.大変優れた名脇役だ.私がブログを書く時はこれが欠かせない.中国語、韓国語、ドイツ語、フランス語、スウェーデン語、ノルウェー語、イタリア語、ポルトガル語、アラビア語……類語辞典も一部あるのが良い.

 話を戻そう.第七巻の最終章にたどり着いたときは魂が震えたものだ.その時には大学生になっていたと思う.そこまで時間がかかったのは他にも本を読み始めたからだ.幼児のころに絵本で読んだ「ガリバー旅行記」がとてもとても面白く、原書で読んでみようか、と思い書店で買って読んだときの打ちのめされた感覚も忘れがたい.知っている方ならわかるが、初版が1726年だ.読めなくはないが、古めかしく知らない単語がこれまた並ぶ.私はスラスラ読んで、ガリバーとともにリリパット王国にたどり着き、彼が巨人として火事の宮殿に小便をかける場面を読みたいと思っていたのに、なかなかリリパットにたどり着かなかった.「ガリバー旅行記」は途中で諦めてしまった.受験勉強も差し迫ってきたという事情もあった.Johnathan Swift(ジョナサン・スウィフト)の作品に込めた真意を知るに私は青すぎた.

自分に合う参考書を選ぼう

 やはり、私にとって天啓であり革命とも言える出会いは原仙作の「英文標準問題精講」に尽きる.間違いなくRevelationでありRevolutionだった.今でもズタボロの雑巾のように大事に取っておいている.時々見返してはニヤニヤするし、英文を書く時の参考にする.ヘミングウェイ、ラッセル、エリオット、ウルフ、チャーチル、アインシュタイン、ニュートン、フィッツジェラルド、ミルン、オールビー、ミルトン.

 皆、私の心強い協力者である.故人だが.

 この本が私を受験勉強の苦しみから助けてくれたといっても良い.とはいえこの本は圧倒的に手強い.一般的な日本の大学入試のレベルを超えるだろう.だが、TOEICやTOEFLのひどくつまらない英文を読まされるよりは、はるかに気休めになる.「私が」文を読んでいる、という気にさせる.なんとか理解してみせようぞ、という気概をもたせてくれた.そして文の構造がつかめたときの心地よさといったら.当時の先達が「覚えるくらい何周もしろ」というので私も少なくとも三週はしたはずだ.一周目でつまづいた文章にまた出くわすと、まるで著者たちが「おかえり」と言っている気がしたものだ.

 私はTOEICのような共通試験のスコアで競り合うような議論は好きではない.私もTOEICやTOEFLは何度か受けたが、できればもう受けたくない.就職、入学の足がかりとして用意されるその試験は性質上、「ビジネス」に即した内容が多い.広告、新聞、メール、インタビューなどが題材になっている.どれも架空の内容で全体的に虚無感じるのは私だけか.「試験とはそういうもんだ、おとなしく口を閉じてろ、馬鹿者め」というお叱りがあるかもしれぬ.だがつまらない文をつまらないといって何が悪いのか.作成者の顔が見えない、というのがどうも気に入らない.「はいはい、委託されたのでとりあえず作っておきましたよ」というやっつけ感を感じてしまう.

 それに比べ、英文標準問題精講は、裏表紙に引用元の著者の写真が並んでいる(モノクロのせいか、遺影の様にも見えてしまう).誰某が書いている、とわかるのはとても良い.もちろん出典もある.だから後でさらに読みたくなった時に書店に行けば良いのだ.それに彼らが心血を注いだであろう、文章に見られる技巧、散文へのエネルギーが感じられる.それから編集者である原仙作・中原道喜の訳と解説に安定感がある.

 私にとって、名文や名著とそうでないものの違いを厳格に述べることは出来ない.だから上記の意見は誤解かもしれない.しかし、TOEICなどの勉強は問題の解き方を覚えるだけのような、手段が目的となってしまう危険に陥りやすいと思う.TOEICの先にある目的があれば、努力するに越したことはないだろう.楽しくやれたらいい.もし書き手の顔、意思を感じられるような時事の話題に触れたいのであれば、英字新聞をおすすめする.私は現在、Japan Timesの電子版を購読するようにしている.六ヶ月間の月額百円キャンペーンをやっている.よかったらどうぞ.もちろん利益相反はない.

文法について

 非専門家である私から、英文法について述べられることを挙げるとすれば、一つは、「文型」を意識して読むことだ.これはかなり重要な要素で、おろそかにしている人が多い.もう一つは「これは口語的だとか、文語だからあまり使わない方が良い」という意識を持ちすぎないことだと思う.この軛のせいで損をしている人は多いように思う.文語で書いて何が悪い.会話も文語を基礎にして何がいけないと言うのか.「表現が固いじゃん」固くて何がいけないのか.「もっとCasualな表現あるからそっちのほうがいいよ」という指摘は、表現の幅を自ら狭めているCasualtyに過ぎないと思う.それからまともな文法書を買うことが大切だ.私はロイヤル英文法を持っているが、単色刷りのシンプルな構成と大きな字、索引の充実は好感が持てる.一冊あれば一生使える.これで二度と買わなくて良いのだ.作文や文法について参考書を紹介するならば、さきほどの中原道喜や佐々木高政を挙げる.

聞くことについて

 聞こえた文章を書き取る訓練が最も良いように思う.これは筆記の練習にもなる.かつて私はディクテーションの鬼となったことがあった.「The Phantom of the Opera:オペラ座の怪人」という映像作品がある.小説や劇でも有名だ.Andrew Lloyd Webber という作曲家が映画に向けて書いた曲(どれも壮大だ)があり、私は当時、高校生の頃、自宅にオペラを響かせて歌詞を聞き取り、自作で歌詞カードを作ったことがあった.何百回か、延々とオペラが鳴り響いていたので頭がおかしくなりかけたが、語と語の連結を推測したり、発音と抑揚、文章の構造を考える上で良い訓練になった.オペラの歌詞を聞き取るだけで難易度が高いので、後々流行りのポップスやロック・ミュージックを聴いて歌詞を書き出しては、後日公開されている歌詞と照合する、という遊びをやっていた.高校生にしてはそこそこ狂っていた(やっぱりおかしくなっていたじゃないか!)方だが、自分は楽しんでいたと思う.この訓練は多言語でも応用が効く.今度はアラビア語でやってみようか.

話すことについて

 話すことは不肖あまり自信がない.発音と抑揚の付け方は幾分か指南できると思う.ただし私は非専門家だから、最も信頼におけない人材であることを断った上で話をする.発音に関して、海外で暮らしていないと発音が上手にならないのではないか、そう思っている人が多すぎて気の毒である.そんなことはない.小林克也という反例がいる.彼は大変きれいな英語を話すラジオDJで、彼は実に堂々と、崩れた英語を話す海外の連中と会話を成立させる.あっぱれである.彼の流暢さは抑揚の置き方にある.山下達郎もきれいな英語を話すと思う.Ride on Time〜

 また、RとLの違いにこだわりすぎる人が多い.聞き取れるに越したことはないが、初学者には酷だ.そういう人はイギリス英語を身に着けたら良いのではないか.Rの発音があまり気にならなくなる.それに子音をしっかり発音するので、文字と発音が一致して、きれいに聞こえる.私は中学生くらいに気づいてそうすることにした.かつてユース・ホステルの相部屋にいた英国人の青年と話をしたときに「君はいいイギリス英語を話すね」とお世辞を言われたのは良い思い出だった.あれは世辞だ.自慢話はこれくらいにしよう.

 先天的なバイリンガル、すなわち幼少期に外国に滞在したという、外国語のOSをインストールできた人々は外国語を話す時に脳内言語設定が切り替わるようだが、私はそうはいかない.だが、切り替わらなくたって良いじゃないか.言語体系の異なる我々が頑張って、別の言語を覚えようとしているのだ、文法がわかるだけでも素晴らしいと自信に思ったほうがいい.私だったら頭の中でおちおち英作文をする.ゆっくり丁寧に考えたら良い.

まとめ

 大した話はできなかったが、自分の主張は伝えられたのでこれでよしとする.結局は「学問に王道はなし」、ということになる.しかしながら原仙作によれば捷径はある.だから嘆かないでほしい.楽しく突き抜けるのがいいと思う.自分にとって親和性の良い題材を選ぶことが良いだろう.

 最後にミルトンの詩を紹介して締めよう.これは以前の亀吾郎語学教室でも引用した.語学を勉強する時はいつもこれを意識する.我々は地獄から這い出ようとする魔王サタンと同じだ.

Long is the way

And hard, that out of Hell leads up to Light.

Gates of adamant,

Barring us out, prohibit all ingress.

–John Milton, Paradise Lost

私の小論にお付き合いくださりありがとうございました.

The Book of Tea: 20

Acknowledgement

謝辞

訳者あとがき

 かねがね私は「訳者あとがき」というものを書きたいと思っていた.ついにその日が来るとは!私にとって初の長編翻訳の完成だ.訳者あとがき、と記すことができ、大変光栄に思う.すごく嬉しくて感慨深い.

 読者の方はどのように感じてくださっただろうか.拙い翻訳だと思われるのも無理はない.天心の英文が素晴らしいと感じてくださったなら、訳者冥利に尽きる.私の目的はほとんど成就したと言ってよいだろう.彼の「茶の本」は七章に分かれている.どれも彼の知識の奥深さを語り、日本文化が海外に正しく評価されていない怒りと、自国ですらも理解されていない嘆きを冷静に、しかし情熱的に語る.

 天心は若くして英文に親しんだ.Ernest Fenollosa(アーネスト・フェノロサ)と知り合い、助手として彼の美術品収集に助力したことはよく知られている.英語との親和性が高い彼の描く文学世界は、美しく格調高く、しめやかであると思う.特に最終章は圧巻である.利休の死を描く最期の茶会は私にとって、彼がやはり日本人なのだと強く思う特徴があった.

 利休が門弟を招いて、彼らが待合に入った瞬間.時制が現在に回帰するのだ.詳しくいえばAs they look into–からである.これまでの評論はもっぱら過去形で説明を行ってきたのだが、この利休の最期の描写は、弟子たちの悲しみと緊張感に溢れる空気感をリアルタイムで説明するものである.

 この時制に関する日本語の特性は、以前の記事で紹介した.せっかくのなので再度掲載しておこう.

 敢えて出来事を時制変化を用いずに表現することは、特に我が国の文学的物語(narrative)の特徴として、多いに知られているものである.日本語について述べれば、そもそも日本語の文法は現在、過去、未来を鋭く区別しない.

 心のうちに祈念して、目を見ひらいひたれば、風も少し吹よはり、扇も射よげにぞなったりける.与一鏑をとってつがひ、よっぴいてひやうどはなつ.

 上記は「平家物語」において、那須与一が沖の波間に揺れる小舟に差し出した扇を海岸から射落とす場面である.過ぎ去った出来事を語りながら、現在形の文を混入させて臨場感を作り出す技法ははるか以前から知られている.矢を放つ主人公の動作のみが現在形である.神仏への祈念と風の静まりから決定的行動へ移る描写の現在形は際立ち、その一瞬の光景を浮かび上がらせる.これは決して暴力的というわけにはいかないだろうが、一気に読み手、聞き手を引き込むという点で、強力な誘導である.強制力を持つわけである.

 一方、近代ヨーロッパ語の場合は、動詞の語尾変化や助動詞と動詞の併用により、出来事の過去・現在・未来を、文法的に明示する.その中でも厳格な文法から一定の緩みを見ることができる.以下の例文を示す.

Alors, une idée l’exaspéra. C’était une saleté que ces dames voulaient lui faire en se conduisant mal chez elle. Oh! Elle voyait clair! …

Émile Zola, Vuillaume, 1876

 その時、一つの考えが頭をよぎって彼女は激しく苛立った.このご婦人方は、彼女の家で無作法に振る舞って、嫌がらせをしたんだ.ああ、はっきりわかるわ.

Dora stopped listening because a dreadful thought had struck her. She ought to give up her seat. She rejected the thought, but it came back. There was no doubt about it. 

Iris Murdoch, The Bell, 1958

 ドーラは恐ろしい考えが急に頭に浮かんできて、会話に耳を傾けるのをやめた.私が席をゆずるのが当然だわ.ドーラはその考えを打ち消したが、再び考えは戻ってきた.譲らなければならない.

 上記はいずれも登場人物の意識にのぼった考えを描出した文である.仏文では自由間接話法(Discours Indirect Libre/Style Indirect Libre)とよび、英文では描出話法(Represented Speech)ともいう.こうした技法を意識の流れ手法(Stream of Consciousness Technique)と呼ぶようである.このような技法は伝達動詞の支配から自由になる話法であるが、時制は必ず間接話法と同様に照応を求められる.時制は自由にはならず、時制が日本語のように読者を現在へ引き込むのではない.読者・聴者の意識が、あたかも作中の登場人物の意識であるかのように、過去へ誘うのであろう.強い言い方をすれば過去へ引きずり込むのだろう.

「記憶/物語」を読んで 2

 寡聞にして私は、時制のゆるい英文表現をこれ以外に知らない.おそらくあるのだろうが、限定的なのだろうと思われる.岡倉天心が日本人であるからこそ、彼以外に為し得ない日英ハイブリッドとも言える文学的表現の醍醐味を私達は味わうことができる.少なくとも私はそのように理解し、心躍らせながら作品を読み、翻訳をした.もう一度是非ご覧いただこう.In art the Present is the eternal.という句が沁みる.

–On the day destined for his self-immolation, Rikiu invited his chief disciples to a last tea-ceremony. Mournfully at the appointed time the guests met at the portico. As they look into the garden path trees seem to shudder, and in the rustling of their leaves are heard the whispers of homeless ghosts. Like solemn sentinels before the gates of Hades stand the grey stone lanterns. A wave of rare incense is wafted from the tea-room; it is the summons which bids the guests to enter. One by one they advance and take their places. In the tokonoma hangs a kakenoma, –a wonderful writing by an ancient monk dealing with the evanescence of all earthly things. The singing kettle, as it boils over the brazier, sounds like some cicada pouring forth this woes to departing summer. Soon the host enters the rooms. Each in turn is served with tea, and each in turn silently drains his cup, the host last of all. According to established etiquette, the chief guest now asks permission to examine the tea-equipage. Rikiu places the various articles before them, with the kakemono. After all have expressed admiration of their beauty, Rikiu presents one of them to each of the assembled company as a souvenir. The bowl alone he keeps. ‘Never again shall this cup, polluted by the lips of misfortune, be used by man.” He speaks, and breaks the vessel into fragments.

The ceremony is over; the guest with difficulty restraining their tears, take their last farewell and leave the room. One one only, the nearest and dearest, is requested to remain and the end. Rikiu then removes his tea-gown and carefully folds it upon the mat, thereby disclosing the immaculate white death robe which it had hitherto concealed. Tenderly he gazes on the shining blade of the fatal dagger, and in exquisite verse thus addresses it:

 すべて時制は現在形なのだ.天心はおそらく、このことを意図して書いたのではないか.だとすれば天心は大変な才覚を忍ばせている.ずるいというか恨めしいというか.利休の門弟が入室した瞬間に、時制が現在に回帰するのだ.私達は、利休とその門弟との最期の茶会に参席しているような臨場感に包まれる.ぐいと一気に引き込まれる.そして利休が自刃する瞬間までもが、現在にある.そう、自刃し、辞世の句を読むまでは.

“Welcome to thee,

O sword of eternity!

Through Buddha

And through Dharma alike

Thou hast cleft thy way.”

With a smile upon his face Rikiu passed forth into the unknown.

 利休の絶唱は原文では以下のものとなる.

人生七十 力囲希咄 吾這宝剣 祖仏共殺提る我得具足の一太刀 今此時ぞ天に抛

「力囲希咄」(りきいきとつ)とは「腸をしぼって思わず発する一喝、一声」を言う.唐木順三をして「㘞地一声の怒電」というようである.静かな諦念とは相容れない激しい気負いなのだという.

「㘞地一声の怒電はまさに対立の頂点であったが故に、その故を以て対立を超える」

 これはヘーゲルの弁証法的な考えに通ずる命題である.

 あまりイメージがつかない人は、武論尊による「北斗の拳」が大いに参考になるだろう.ケンシロウに経絡秘孔を突かれ敗北する人々は「あべし」、「ひでぶ」といった声をあげて死亡する.これこそ力囲希咄、㘞地一声の怒電であろう.形容しがたい声とでもいうのか.断末魔の叫びともいえる.この声を以て人は死を、諦念を超越しようとする.

 だが、天心の英文にはその「力囲希咄」に相応するものがない.なぜか.様々な訳者のあとがきにもその考察がある.決して、天心にとって利休の死は弁証法的な対立がテーマではなかった.止揚することが本意ではない.利休が彼岸へ渡ることで、

Harmony with the great rhythm of the universe

となることが重要なのであったという.私も強く同調する.天心にとって死の超克などどうでもよかった.従容として死を受け入れ、永遠の世界へ潔く旅立つことを良しとした.それが日本人の、日本文化の真髄なのだと.これは手塚治虫による「火の鳥」が理解の参考になる.登場人物は皆生への希求が甚だしく、死を恐れる.しかし、火の鳥は死を恐れず、一つの超生命体ともいうべき「コスモゾーン」への融合を受け入れるよう優しくも厳しく諭す.おそらく、天心の思い描く世界はこの「コスモゾーン」への融合、死との融和であった.幸いにして、この思想は引き継がれた.

 しかし、不幸にして天心は敗北した.西洋文明の怒涛のロジックに負けた.もちろん、我々も負けた.死をいたずらに美化する我が国の虚飾が作られた.圧倒的な敗北だ.作品には天心の諦観が、ペシミズムが浮かばれる.そして、我々の中に、私のようなものが天心の心情に投影を果たす.だから、天心の労苦は無駄ではない.天心は負けたが、彼の理念は生き続けている.この作品も宇宙の偉大な調律に調和し、世界中で愛され続けているのだ.私もこの調律に調和すべく、拙い翻訳を行ったわけである.翻訳の質としては敗北だが、これはこれでよい.こうして皆さんにお届けできたのだから.

本当にありがとうございました.

The Book of Tea: 19

Chapter VII

TEA-MASTERS

IN religion the Future is behind us. In art the Present is the eternal. The tea-masters held that real appreciation of art is only possible to those who make of it a living influence. Thus they sought to regulate their daily life by the highest standard of refinement which obtained in the tea-room. In all circumstances serenity of mind should be maintained, and conversation should be so conducted as never to mar the harmony of the surroundings. The cut and colour of the dress, the poise of the body, and the manner of waking could all be made expressions of artistic personality. These were matters not to be lightly ignored, for until one has made himself beautiful he has no right to approach beauty. Thus the tea-master strove to be something more than  the artist, —art itself. It was the Zen of aestheticism. Perfection is everywhere if we only choose to recognise it. Rikiu loved to quote an old poem which says: “to those long only for flowers, fain would I show the full-blown spring which abides in the toiling buds of snow covered hills.”

 宗教において「未来」は我々の後ろにある.芸術において「現在」とは永劫である.芸術の真の理解は生ける感化を作り出すことができるものにのみ行われる.こうして彼らは茶室で得られる最上級の風雅により日常の生活の調整をはかるのである.あらゆる状況下で精神の静穏は保たれるべきであり、周囲の調和を決して乱さぬように会話は行われるべきである.整髪と正装の色、体の姿勢、歩容は芸術的人格の表現でなされる.これらのことは軽んじられるべきではない.というのは、自身が美しくあろうとしない限り美に近づく権利はないからである.こうして茶の宗匠は芸術家よりも、芸術そのものよりも、それ以上のものになろうとするのである.それは審美主義の禅であった.完全性を認識しようとすることだけで、それはどこにでもあるのだ.利休は古い詩を引用することを好んだ.それは次のようなものである.

「花を待ち望むものに、なんとか地中から出そうとあがく、雪に覆われた芽にひそむ満開の姿を見せたいものだ」

花をのみ 待つらん人に 山里の 雪間の草の 春を見せばや

Manifold indeed have been the contributions of the tea-masters to art. They completely revolutionised the classical architecture and interior decorations, and established the new style which we have described in the chapter of the tea-room, a style to whose influence even the palaces and monasteries built after the sixteenth century have all been subject. The many-sided Kobori-Enshiu has left notable examples of his genius in the Imperial villa of Katsura, the castles of Nagoya and Nijo, and the monastery of Kohoan. All the celebrated gardens of Japan were laid out by the tea-masters. Our pottery would probably never have attained its high quality of excellence if the tea masters had not lent to it their inspiration, the manufacture of the utensils used in the tea-ceremony calling forth the utmost expenditure of ingenuity on the part of our ceramist. The Seven Kilns of Enshiu are well known to all students of Japanese pottery. Many of our textile fabrics bear the names of tea-masters who conceived their colour or design. It is impossible, indeed, to find any department of art in which the tea-masters have not left marks of their genius. In painting and lacquer it seems almost superfluous to mention the immense service they have rendered. One of the greatest schools of painting owes its origin to the tea-master Honnami-Koyetsu, famed also as a lacquer artist and potter. Beside his works, the splendid creation of his grandson, Koho, and of his grandnephews, Korin and Kenzan, almost fall into the shade. The whole Korin school, as it is generally designated, is an expression of Teasim. In the broad lines of this school we seem to find the vitality of nature herself. 

 なるほど茶の宗匠の芸術への貢献は多方面にわたっている.彼らは古典建築と内装装飾に完璧に革命をもたらし、茶室の章において述べた新しい様式を確立したのであり、十六世紀の後、寺院や宮殿さえをも感化した様式が皆主体となったのである.多彩な才能をもつ小堀遠州はその才能を桂離宮、名古屋城や二条城、そして孤篷庵の寺院において目覚ましい例を残した.日本の名高い庭園はすべて茶の宗匠によって設計されたものである.もし茶人がその霊感を貸すことがなかったならば、我が国の陶器は高品質の優越を獲得することはなかったであろう.茶会で用いられる道具の工芸は我が国の陶芸家の創意工夫の類まれな努力を要する.遠州の七窯は日本の陶芸を学ぶものにとって知られている.我が国の織物にはその色彩や意匠を考案した茶人の名を冠している.事実、茶人がその才覚を残さずにおかなかった分野を探すことはできない.絵画と彫刻において彼らが貢献した膨大な奉仕について言及するのはほとんど無駄であるように思われる.

 茶人である本阿弥光悦に起源を持つ絵画の偉大な流派の一つは、蒔絵、陶芸でも名を馳せている.彼の作品に加え、彼の孫である、光甫や甥の子供である光琳や乾山の素晴らしい創作は陰りを帯びてしまうほどである.光琳派、総じて名付けられるのは、茶道の表現と言われる.この流派の太い線において我々は自然そのものの生命力を見出す.

Great as has been the influence of the tea-masters in the field of art, it is as nothing compared to that which they have exerted on the conduct of life. Not only which they have exerted on the conduct of life. Not only in the usages of polite society, but also in the arrangement of all our domestic details, do we feel the presence of the tea-masters. Many of our delicate dishes, as well as our way of serving food, are their inventions. They have taught us to dress only in garments of sober colours. They have instructed us in the proper spirit in which to approach flowers. They have given emphasis to our natural love of simplicity, and shown us the beauty of humility. In fact, through their teachings tea has entered the life of the people.

  芸術の分野に茶人が及ぼした影響は大きいが、人生の執り成しに重きをおくことと比べるほどではない.彼らは人生の執り成しにのみ重きをおいたわけではない.上流社会の用法においてだけでなく、あらゆる我ら自国の家庭の整理においても、重きをおいており、我々は茶人の存在を感じるのである.我が国の繊細な料理の多くは、食材を提供する方法と同じように、彼らの発明である.彼らは地味な衣服を着るよう説いた.花に歩み寄るときの正しい心構えを教えてくれた.簡素さに対する自然な愛を強調し、人情の美しさを示した.事実、彼らの教えを通して茶は人々の生活に入っていったのだ.

Those of us who know not the secret of properly regulating our own existence on this tumultuous sea of foolish troubles which we call life are constantly in a state of misery while vainly trying to appear happy and contented. We stagger in the attempt to keep our moral equilibrium, and see forerunners of the tempest in every cloud that floats on the horizon. Yet there is joy and beauty in the roll of the billows as they sweep outward toward eternity. Why not enter into their spirit, or, like Liehtse, ride upon the hurricane itself?

 我々が人生と呼ぶ愚かな障碍という怒涛の海に浮かぶ自分の存在を正しく律する秘訣を知らぬものは、幸せかつ満足しているように甲斐なくあがく惨めな状態に絶えずある.我々は千鳥足で倫理的平衡を保とうとし、地平線に浮かぶ嵐の先駆けを見る.しかし喜びと美しさは永遠へ志向する外へ吹き抜けるように、うねりの中にある.その魂の中になぜ入ろうとしないのか、列氏のように旋風に乗ろうとしないのか.

He only who has lived with the beautiful can die beautifully. The last moments of the great tea-masters were as full of exquisite refinement as had been their lives. Seeking always to be in harmony with the great rhythm of the universe, they were ever prepared to enter the unknown. The “Last Tea of Rikiu” will stand forth forever as the acme of tragic grandeur.

 美しいものとともに生きてきたものが、美しく死ぬことができる.偉大な茶人の最後の瞬間はその人生と同じように非常に美しく高潔であった.宇宙の調べとともに調和の中において常に探求しているので、彼らは未知の領域に入る覚悟ができていた.「利休の最後の茶」は悲劇的終局の極致であり続けるだろう.

Long had been the friendship between Rikiu and the Taiko-Hideyoshi, and high the estimation in which the great warrior held the tea-master. But the friendship of a despot is ever a dangerous honour. It was an age rife with treachery, and men trusted not even their nearest kin. Rikiu was no servile courtier, and had often dared to differ in argument with his fierce patron. Taking advantage of the coldness which had for some time existed between the Taiko and Rikiu, the enemies of the latter accused him of being implicated in a conspiracy to poison the sespot. It was whispered to Hideyoshi that the fatal potion was to be administered to him with a cup of the green beverage prepared by the tea-master. With Hideyoshi suspicion was sufficient ground for instant execution, and there was no appeal from the will of the angry ruler. On privilege alone was granted to the condemned–the honour of dying by his hand.

 利休と太閤秀吉との友情は長かったので、偉大な武将がその茶人に抱く尊敬も厚かった.しかし君主との友情は危険な名誉でもあった.裏切りの流行した時代であったから、武将は最も近い血族でさえ信用しなかった.利休は盲従的廷臣ではなかったので、気性の荒い庇護者にも異を唱える勇気があった.太閤と利休の間に存在したいくらかの冷涼な関係につけこみ、利休の敵は専制君主に毒を盛ろうとする陰謀を企てていると非難した.茶人によって準備された緑の飲み物が入った碗に致命的な毒が入っているという噂が秀吉の耳に入った.疑念の秀吉は即時に処刑を命ずる十分な根拠であり、怒れる君主に従う以外方法はなかった.唯一の権利は自らの手で死ぬ名誉であった.

On the day destined for his self-immolation, Rikiu invited his chief disciples to a last tea-ceremony. Mournfully at the appointed time the guests met at the portico. As they look into the garden path trees seem to shudder, and in the rustling of their leaves are heard the whispers of homeless ghosts. Like solemn sentinels before the gates of Hades stand the grey stone lanterns. A wave of rare incense is wafted from the tea-room; it is the summons which bids the guests to enter. One by one they advance and take their places. In the tokonoma hangs a kakenoma, –a wonderful writing by an ancient monk dealing with the evanescence of all earthly things. The singing kettle, as it boils over the brazier, sounds like some cicada pouring forth this woes to departing summer. Soon the host enters the rooms. Each in turn is served with tea, and each in turn silently drains his cup, the host last of all. According to established etiquette, the chief guest now asks permission to examine the tea-equipage. Rikiu places the various articles before them, with the kakemono. After all have expressed admiration of their beauty, Rikiu presents one of them to each of the assembled company as a souvenir. The bowl alone he keeps. ‘Never again shall this cup, polluted by the lips of misfortune, be used by man.” He speaks, and breaks the vessel into fragments.

 自己を犠牲にすることに定められた日に、利休は主要な弟子を最後の茶会に招いた.嘆きに満ちて、約束の時間に客は待合に集まった.庭路に目をやると木々は震えているように見え、家を求めてさまよう幽霊のすすり泣きのように葉がざわめいた.冥府の前の厳しい歩哨のように石灯籠が立っている.希少な香の香りが茶室から漂う.それは客人が入室を許される招きである.一人ひとり、前に出て席につく.床の間にかかる掛けの間は、万物の儚さについて扱う古の僧侶によって書かれた見事な書があった.火鉢の上で湧いている茶釜の音は、夏の別れを悲しみ鳴く蝉の音に似ている.やがて主人が部屋に入る.各々茶がもてなされ、黙々と碗を飲み干し、主人が最後に飲む.しきたりに従い、主賓が茶具の閲覧を申し出る.掛け物とともに、利休は様々な品を彼らの前に置いた.最後に皆がそれらの美しさをたたえ、利休はその器を一つずつ、集うものに形見として手渡した.碗だけが彼のところに残った.

「不遇の唇によって汚れた、この小さな器を、決して使わせまい」

 彼はそう言い、粉々に砕いた.

The ceremony is over; the guest with difficulty restraining their tears, take their last farewell and leave the room. One one only, the nearest and dearest, is requested to remain and the end. Rikiu then removes his tea-gown and carefully folds it upon the mat, thereby disclosing the immaculate white death robe which it had hitherto concealed. Tenderly he gazes on the shining blade of the fatal dagger, and in exquisite verse thus addresses it:

 茶会は終わった.涙を堪えがたい客は最後の別れを述べ、部屋を後にした.ただ一人だけが、最も親近なものが最期を見届けるよう頼まれた.利休は茶会の衣服を脱ぎ、注意深く畳の上にたたむと、隠れていた真っ白な死装束が現れる.優しいまなざしで彼は輝く生殺の刃を見つめ、それに呼びかけ次のような見事な句を詠んだ.

“Welcome to thee,

O sword of eternity!

Through Buddha

And through Dharma alike

Thou hast cleft thy way.”

汝よ、来たれ、

永遠の剣よ

仏陀を

達磨をも

汝は切り裂き道を拓くのだ.

With a smile upon his face Rikiu passed forth into the unknown.

 微笑とともに利休は永遠の世界へと旅立った.

人生七十 力囲希咄 吾這宝剣 祖仏共殺提る我得具足の一太刀 今此時ぞ天に抛

千利休


これで茶の本は終わります.長い間ご愛読ありがとうございました.

もちろん、これまで通りブログは続いていきます.

The Book of Tea: 18

(What’s the Story) Morning Glory

The birth of the Art of the Flower Arrangement seems to be simultaneous with that of Teaism in the fifteenth century. Our legends ascribe the flower arrangement to those early Buddhist saints who gathered the flowers strewn by the storm and, in their infinite solicitude for all livings things, placed them in vessels of water. It is said that Soami, the great painter and connoisseur of the court of Ashikaga-Yoshimasa, was one of the earliest adepts at it. Juko, the tea-master, was one of his pupils, as was also Senno, the founder of the house of Ikenobo, a family as illustrious in the annals of flowers as was that of the Kanosin painting. With the perfecting of the tea-ritual under Rikiu, in the latter part of the sixteenth century, flower arrangement also attains its full growth. Rikiu and his successors, the celebrated Oda-waraku, Furuta-Oribe, Koyetsu, Kobori-Enshiu, Katagiri-Sekishiu, vied with each other in forming new combinations. We must remember, however, that the flower worship of the tea-masters formed only a part of their aesthetic ritual, and was not a distinct religion by itself. A flower arrangement, like the other works of art in the tea-room, was subordinated to the total scheme of decoration. Thus, Sekishiu ordained that white plum blossoms should not be made use of when snow lay in the garden. “Noisy” flowers were relentlessly banished from the tea-room. A flower arrangement by a tea-master loses its significance if removed from the place for which it was originally intended, for its lines and proportions have been specially worked out with a view to its surroundings. 

 生花の芸術の誕生は十五世紀の茶道と同時のように思われる.我々の伝説は、生花を嵐によって撒き散らされた花に集った初期の仏教徒の聖人に帰するとして、万物の生けるものへの無限の配慮において、水の器にそれを活けたのであった.偉大な画家であり、足利義政の宮廷の鑑定家であった相阿弥は、初期の生花の達人であった.茶の宗匠であった珠光は、彼の門弟の一人で、狩野の絵画のように生花の年代記が輝かしい池坊の創始である専応も門弟であった.

 千利休のもと茶の儀礼の完成にともなって、十六世紀の後期に、生花は完全な成長を成し遂げた.利休とその後継者、有名な織田有楽、古田織部、光悦、小堀遠州、片桐石州が新たな組み合わせを作ろうと切削した.

 しかしながら、私達が覚えておかないとならないのは、茶の宗匠の花の礼賛は彼らの審美的儀礼の一部をつくったに過ぎないことであり、そのものによる明らかな宗教ではなかったということである.生花は、茶室での芸術の他の作品のように、装飾の全体の図式に従属したのである.

 こうして石州は庭に雪が積もったときに寒梅を使うべきでないと決めた.「騒がしい」花は茶室から容赦なく追放された.茶の宗匠による生花は本来そうあるべき場所から除かれればその意義を失うのである.というのは、その線と釣り合いが特に周囲と景観に作用していたからであった.

The adoration of the flower for its own sake begins with the rise of “Flower-Masters,” toward the middle of the seventeenth century. It now becomes independent of the tea-room and knows no laws save that that the vase imposes on it. New conceptions and methods of execution now become possible, and many were the principles and schools resulting therefrom. A writer in the middle of the last century said he could count over one hundred different schools of flower arrangement. Broadly speaking, these divide themselves into two main branches, the Formalistic and the Naturalesque. The Formalistic schools, led by the Ikenobo, aimed at a classic idealism corresponding to that of the Kano-academicians. We possess records of arrangements by the early masters of this school which almost reproduce the flower paintings of Sansetsu and Tsunenobu. The Naturalesque school, on the other hand, as its name implies, accepted nature as its model, only imposing such modifications of form as conduced to the expression of artistic unity. Thus we recognise in its works the same impulses which formed the Ukiyoe and Shijo schools of painting.

 花自身のための称揚が「生花の宗匠」の興隆とともに始まったのは、十七世紀の中期にかけてであった.今や茶室から独立し、花瓶に課す法則を覗いて何もないことを知っている.

 新たな構想と方法の実践が今や可能となり、多くは原理とそれを生み出す流派であった.十九世紀の中期におけるある文人は生花には百以上の流派が計上できるといった.大まかに言えば、これらは様式派と自然主義派の二つの主流に分けられる.池坊の流れを組む様式派は、狩野派のそれに付随する古典的理想主義を目指した.山雪と常信の花の絵とほとんど再現したにひとしい、この流派の早期の宗匠たちによる記録がある.一方で、自然主義派はその名前が示す通り、自然をその模範として受容し、芸術的統合の表現に貢献するような形の修正を行うに過ぎなかった.

 このようにして我々はその作品において浮世絵と四条派の絵画を形作った同一の衝動を認めることができる.

It would be interesting, had we time, to enter more fully than is now possible into the laws of composition and detail formulated by the various flower-masters of this period, showing, as they would, the fundamental theories which governed Tokugawa decoration. We find them referring to the Leading Principle(Heaven), the Subordinate Principle(Earth), the Reconciling Principle(Man), and any flower arrangement which did not embody these principles was considered barren and dead. They also dwelt much on the importance of treating a flower in its three different aspects, the Formal, the Semi-Formal, and the Informal. The first might be said to represent flowers in the stately costume of the ballroom, the second in the easy elegance of afternoon dress, the third in the charming deshabille of the boudoir.

 時間があり、その時期の多様な花の宗匠による様式だった構成と細部の法則を、より十分に今や堪能することができればさぞかし興味深いであろう.そうすれば徳川期の装飾を治めた基礎的理論があきらかになろう.彼らは指導的原則「天」、従属的原則「地」、調和的原則「人」について述べ、それらの原則に具体的に表現できない生花は不毛で死んだものと考えられた.これら三つの観点、すなわち「正式」、「半正式」、「略式」(真、行、草)があり、花の扱い方の重要性を説明している.最初のものは舞踏室の正装に合うような花を、二番目は簡素で華やかなアフタヌーンドレスを着る時の花を、三番目は寝室の可愛らしい普段着を着る時の花だといえよう.

Our personal sympathies are with the flower-arrangements of the tea-master rather than with those of the flower-master. The former is art in its proper setting and appeals to us on account of its true intimacy with life. We should like to call this school the Natural in contradiction to the Naturalesque and Formalistic schools. The tea-master deems his duty ended with the selection of the flowers, and leaves them to tell their own story. Entering a tea-room in late winter, you may see a slender spray of wild cherries in combination with a budding camellia; prophecy of spiring. Again, if you go into a noon-tea on some irritatingly hot summer day, you may discover in the darkened coolness of the tokonoma a single lily in a hanging vase; dripping with dew, it seems to smile at the foolishness of life.

 個人的には花の宗匠よりもむしろ茶の宗匠が活けた花に共感する.それはその生命との親密さに基づいて我々を魅了し独特な配置を行う芸術である.我々はこの流派を「自然主義派」および「様式派」と区別して「自然派」と呼びたい.茶の宗匠らは自分の義務は花の選定で終わると考え、葉に自分の物語を言って聞かせるようにしたのである.

 晩冬に茶室に入ると、蕾のある椿、それは春の予言であり、ともに野桜の華奢な配置をみる.もう一つ、暑い夏の日、いらいらしながら正午の茶に赴くと、床の間の暗い涼しさの中に掛け花瓶に一輪の百合があり、露に濡れているのを見る.花は人生の愚かさに笑いかけているように見える.

A solo of flowers is interesting, but in a concerto with painting and sculpture the combination becomes entrancing. Sekishiu once placed some waterplants in a flat receptacle to suggest the vegetation of lakes and marshes, and on the wall above he hung a painting by Soami of wild duck flying in the air. Shoha, another tea-master, combined a poem on the Beauty of Solitude by the Sea with a bronze incense burner in the form a fisherman’s hut and some wild flowers of the beach. One of the guests has recorded that he felt in the whole composition the breath of waning autumn.

 花の独奏も興味深いが、絵画や彫刻との共演もうっとりするものだ.石州はかつてある水草を平らな盆におき、湖と干潟を暗示させ、壁には相阿弥による鴨が飛んでいる絵を掛けたのであった.もう一人の茶の宗匠である、紹巴というものは、浜の野草と漁夫の小屋を模した青銅の香炉を焚いて海辺の孤独の美の詩を添えた.ある客人は全体の構成に去りゆく秋を感じたと記録に残している.

Flower stories are endless. We shall recount but one more. In the sixteenth century the morning-glory was as yet a rare plant with us. Rikiu had an entire garden planted with it, which he cultivated with assiduous care. The fame of his convolvuli reached the ear of the Taiko, and he expressed a desire to see them, in consequence of which Rikiu invited him to a morning tea at his house. On the appointed day Taiko walked through the garden, but nowhere could he see any vestige of the convolvulus. The ground had been leveled and strewn with fine pebbles and sand. With sullen anger the despot entered the tea-room, but a sight waited him there which completely restored his humour. On the tokonoma, in a rare bronze of Sung workmanship, lay a single morning-glory—the queen of the whole garden!

 花の物語はきりがない.もう一つだけで終わりにしよう.十六世紀には朝顔は日本人にとって希少な植物であった.利休は一面に朝顔を植え、根気強く育てた.彼の朝顔の名声が太閤の耳に届くと、太閤は朝顔を見たいと思った.その結果、利休は彼を自宅で朝の茶に招いた.約束の日に太閤は庭を通ったが、朝顔はどこにもなかった.地面は平らになり細かい丸石が敷かれていた.怒りの君主は茶室に入ると、彼を待つ光景は彼をすっかり喜ばせた.床の間には、宗の希少な青銅の作品の中に一輪の朝顔があったのである.庭全体の女王とでもいうべきものであった.

In such instances we see the full significance of the Flower Sacrifice. Perhaps the flowers appreciate the full significance of it. They are not cowards, like men. Some flowers glory in death —certainly the Japanese cherry blossoms do, as they freely surrender themselves to the winds. Anyone who has stood before the fragrant avalanche at Yoshino or Arashiyama must have realised this. For a moment they hover like bejewelled clouds and dance above the crystal streams; then, as they sail away on the laughing waters, they seem to say: “Farewell, O Spring! We are on to Eternity.”

 このような例から、我々は花の犠牲というものを十分に理解できる.おそらく花はそのことを十分に理解しているのだろう.彼らは人間のように、腰抜けではない.ある花は死によって栄光を得る.日本の桜はそうであり、気ままに風に身を任せるのである.吉野や嵐山の桜吹雪の前に立つものは誰もがこのことを理解するにちがいないであろう.一瞬で花は宝石を散りばめた雲のように漂い、水晶の流れの上を踊る.そして、笑う水を流れていくのである.彼らはこう言っているように思える.

「春よ、さらば.我らは永遠に旅立つ」

 ここまで読んでくださり、どうもありがとうございました.

Does the scorpion venom make us dream bright side of Electric vehicle?

Venomous Expect

There are a few things I am curious about. According to the requirement of world society, the internal combustion engines are got rid of as unfit cars these days. As a way of dealing with the environmental issues, I personally think that this is owing to an unavoidable circumstance. However, what worries me is that by this situation suggest that the delight of driving a petrol-powered car may be lost forever. Would I forget the rapturous moment, when throttling an engine the tachometer jumps up high revolution and my sensation when the engine cries with joy? Would I lose memories of the excitement that car and myself accelerates together continuously?

I love the way I insert a key in dashboard and set a starter, then wakes up my partner. For me, it is a bit boring only to push a button, which is quite an easy though. This ritual of starting an engine may gradually fades away, like the sadness that coloured leaves fall from their branch, apart from some automobile manufacturer. But we take for granted that from the tree branch there sprouts young leaves. We are looking forward to see future sprouts. This time, I would like to write about a one of new leaves.

There is an automobile manufacturer in Italy called FIAT. the car maker also known for building “Cinquecento”. We also call it 500 as well. FIAT announced that they produced the brand-new 500. It is a pure electric vehicle. The design very resembles with former 500. I believe that their policy of A segment city car does not change by comparing the width and length of former one and the new one. It is a bit wider and longer than previous model. The body colours shown us were sensual deep navy, pearly shiny sky-blue and sparkling blossom of rose, etcetera. They are all my favourite colours. I am relieved to see its tender design by contrast to the modern car design of sharp gaze like front light, gigantic grill and insensitive angular shape. The new 500 remains coupé! Good-looking car is essential to our mentality. Needless to say that comfy seat, seat position easy to adjust my body are important for me, but I do not care for an ottoman, nor do I need table and television. All I want is just cupholders and battery charging equipment for smartphone, and cruise control. I think that the new 500 is matured and well sophisticated with its price. She is a chic as a whole. My taste for car fit nicely with the electrified 500 in this point of view. I fancy driving a tiny briskly nimble cars. The former one had these characteristics(I will not write about the primary 500 which is known as the car that grandson of Arsène Lupin drove in the japanese film). Cinquecento novantacinque; 595 by Abarth & C. S.p.A has been a spectacularly awesome car. I love the lowest rumbling noise like the stomach groans when drinking down a cup of cooled milk, the machine accelerates with incurable pressure of sounds. The car reminds me of the sense that makes me feel the harmony and unity when changing gears roughly, which share the same perception with us who are naturally brutal, and feels like that the machine car controls its fuel injection system with boldness.

Perhaps I cannot help thinking that the debut of new 500 suggests that Abarth will produce its high performance version of the 500 in the future. But, in order to unleash the power, the more batteries are needed. The more batteries it contains the more weight it has. The lightness gives advantage of driving performance. If it weighs too much, all the goodness of 500 would be spoiled. Internal combustion engine cannot be applied so far. How will they try to modify the vehicle? I must confess that there are a few pessimism in my mind though I am almost looking forward to see the electrified version. There is also an anxiety that my expectation will not come true. If the product will be announced and introduced to Japan, Would the driving pleasure of EV be nice as well as that of petrol vehicle? The one thing, the overwhelming acceleration due to the EV, which can be easily imagined. However, I am not sure about the lingering sensation, which I expect, when stepping on the accelerator.

The symbol of Abarth is the scorpion. Owners and enthusiasts happily speaks “I got poisoned”, The harshness of machine compares with a poison of scorpion. The venom brings us pleasant effects by revving up the rpm with low gear, or groaning sound of idling like troubled intestine. These are our honour to the glories of motorsport legend. So, we would be unhealthily detoxed if these turn to the sound of silence. Otherwise, there might be another venomous effect that is brought by electrification. Is that a new poison that makes us to think we would not need any petrol engines. If it may be true, that would be nice. Polar bears living on the thin ice would also agree with me. It is not true to say that I have no anxiety with electrified vehicle, but I am also expecting the new wave coming with new stimulant. If it is spicy as the Japanese pepper, which is pungent and lingering aroma sprouts in the spring, that must be superb.

I wish that some works which make me think to own someday will arrive in the world.

Thank you for reading so far.

サソリの毒は私達に電気自動車の夢を見せてくれるのか

サソリの毒に期待すること

 気になっていることがある.車から内燃機関が消えていくという時代の要請に従い、世界的に電動化の動きが着々と進んでいる.環境問題に対応するための手段として、私はやむを得ないことだと感じている.しかし、そこに内燃機関が持つ、自動車の官能は損なわれないのだろうか.アクセルペダルを踏み込んだときにレブカウンターが高回転を刻み、エンジンが切なく哭くときに生じる私の感興を、連続的に加速してゆく自分の躯体と興奮を、忘れてしまうことになるのだろうか.

 私は自動車の鍵を差し込んで車のスターターを動かし、エンジンを起動する過程が好きだ.ただボタンを押し込むのはちょっと味気ない.簡単でいいのだが.今後、一部のメーカーを除いて、キーを差し込む儀式もなくなってゆくだろう.色づいた葉が散ってしまうような寂しさを私は感じてしまう.しかし、枝からは再び若葉が出てくることを私達は知っている.どんな若葉が出てくるのかはこれから楽しみだ.今回はそんな若葉の話をしたい.

 FIATというイタリアの自動車会社がある.Cinquecentoという名車で知られるメーカーだ.500とも言う.そのメーカーが新たな500を発表した.電気自動車である.意匠は先代の500によく似ている.わずかに全長や全幅が広がった程度でコンパクトカーとしての思想はぶれていないと思う.発表された外装色は艷やかな濃紺と真珠のような反射の水色、そしてきらめく桜色などである.どれも好みの落ち着いた色だ.全体的に丸みを帯びた姿は、現代の角ばった骨格と鋭い眼光のようなフロントライト、巨大なフロントグリルに抗うような優しい意匠で、私は安心した.しかもクーペだ.やはり見た目は大事だ.座り心地のよい座席、運転姿勢が楽に取れる座面も大切だが、私にオットマンは不要だ.テーブルもテレビも不要だ.ドリンクホルダーと携帯電話の充電機構が備わっていれば良い.内装も幼くない.価格相応の洗練さがある.全体として瀟洒だ.そういう観点で、新型500は私の嗜好に合致していると思う.私は小さくて小気味の良い運転ができる車が好きなのだ.先代はそういう車であった(日本の映画でアルセーヌ・ルパンの孫が運転することで知られる初代500には触れない).そのチューンドカーであるAbarth社のCinquecento novantacinque; 595は特に素晴らしかった.冷たい牛乳を一気に飲んだ時に鳴る腹の音のような唸る低音、度し難い音圧とともに加速する車体.なんとなく雑に燃料を噴射しているような、粗雑なギアチェンジの感覚が元来野放な我々と知覚を共有しているような、親密さと一体感を感じさせる車であった.

 新型の500が登場したということはおそらく、そのチューニングを手掛けるAbarthが何かしらハイパワーモデルを出すのではないかと私は思っている.だが出力を出すにはバッテリーを多く積まないとならない.積むと重量が増す.車にとって軽さは武器だ.せっかくの小気味よさが損なわれてしまう.内燃機関は今後採用出来ない.では一体どのように対策を講じるのだろうか.楽しみであるとともにわずかに不安がよぎる.もしかすれば発表されないかもしれない.仮に発表されて日本に導入されたとしても、その走りは楽しいのだろうか.先に述べた官能とは異なる楽しみがあるのか.期待しても良いのだろうか.電気自動車ゆえのすさまじい加速、それは期待できそうである.しかしアクセルを踏んだ時の加速の伸びは私の期待する感覚に一致するのか.

 Abarthの象徴はサソリだ.そのサソリのもつ猛毒にたとえて、通人や所有者は「毒を浴びた」と嬉しそうに語る.その毒性は消化不良の腸蠕動音のような低音のアイドリング、低速ギアで高回転域を回すときの乾いた爆音といった効能をもたらすのである.これらは過去のモータースポーツの栄光への敬意でもある.それらが静寂に帰するとなると、人々は不健康に解毒してしまうだろう.だがもしかすれば電動化による新たな猛毒があるのかもしれない.それはどんな毒性を持つのだろうか.もう内燃機関に戻らなくてもいいと思わせる新手の毒性だろうか.だとすれば、それは実に喜ばしい.薄い氷の上で暮らすホッキョクグマにも喜ばしいかもしれぬ.不安はあるが、私は電動化の波にまじり新たな刺激も押し寄せてくることを期待している.それが春に芽を出す山椒の若葉のように、香り高くてピリリとするのであれば、なおさら素晴らしい.

 いつか事務所の車として所有したい、そう思わせるような作品が世の中に出てくることを願っている.

肌寒い雨の日

macro photography of water dew of glass
Photo by revac film’s&photography on Pexels.com

ブログ開設七ヶ月目を迎えて

 2020年6月4日に亀吾郎法律事務所を立ち上げて半年がたった.12月5日現在で七ヶ月目となる.まだまだ七ヶ月か.という気持ちと、もう七ヶ月かという気持ちが4:6くらいで混合し一つの名状しがたい感慨となっている.

 半年が経過したところで、簡単にこれまでを振り返ってみることにする.以下は亀吾郎法律事務所を訪れた人、表示数(PV)、記事投稿数である.

JuneJulyAugustSeptemberOctoberNovemberDecemberTotal
Page Views1206345085596437882233475
Visitors2576808113917054625
Blog Posts141414141014383
Table 1

 基本的に各項目は右肩あがりで表示数が増えている.フォロワーもWordpressだけで32人、ソーシャルメディアで10人.純粋に嬉しく思う.特に驚いているのが海外からの訪問数が安定して増えていることである.カナダ、アメリカ、オーストラリア、インド、中国あたりが特に多い.やはり英語での記事投稿が貢献しているのだろうか、それとも翻訳記事が目を引くのだろうか.この辺の考察はもうしばらく時間をかけてみないとわからないが、良い兆候のように思うので、このまま外国語記事も増やしてみたいと思う.目指すはオリエント世界である.アッサラーム・アライクム.

 投稿数は10月を除けば、一応は一ヶ月に14記事投稿している.概算すれば5000〜6000文字の記事をコンスタントに書いているので、記事の質はさておき、厚みとしては適当なものを続けられているように思う.このままのペースで淡々と続けられれば良い.

成功報酬型広告について

 亀吾郎法律事務所は広告を掲載して報酬を得る仕組みとして、Google Adsenseというものを申請している.掲載を始めたのは10月くらいだったか、当時50記事も満たなかった状態だったが、幸運にも審査は一度で通過することができた.あまりにも個性が強すぎたせいかもしれない.ちなみに広告収入の総計は$1.31(邦貨換算で136円)である.これならば駄菓子が買えるのだから、なかなか文章の力というのはすごいものだと驚かされる. 広告収入は二次的な目的である.私の真の企ては、自分の思考の整理と自分が勉強したことや考察の可視化である.そこにちょっとしたお小遣いが入るのであれば、様々な脳内報酬系が刺激されるのだから、決して悪くはない.広告が邪魔だと思う方は面目ないと思う.AdBlockなどを導入して広告を消していただくのは自由である.

 さらに弊事務所は成功報酬型広告にも足を突っ込むことにした.通常の法律事務所にはできないことをするのが、亀吾郎法律事務所の圧倒的な強みである.つまりは事務所の記事にAmazon Japanの広告を掲載、広告を通じて購買に至った顧客がいた場合に、吾郎ちゃんとさぶちゃんに成功報酬が支払われる、という具合である.実はこれはまだ始めたばかりで、180日以内に一定の実績を積まないと継続できないため、正式な運用では無い.広告とはいってもその形式はこちらである程度選べるので、主張が強くないものを記事の最後にまとめて掲載するようにしている.ほとんどは書籍である.亀吾郎法律事務所が選んだ主題に関連する書籍を掲載している程度であり、視覚的な邪魔にはあまりならないと思う.書籍の画像をクリックするとAmazon.co.jpにジャンプする.他の読者の批評、値段、関連書籍を見比べてぜひ参考にしていただければと思っている.弊事務所では成功報酬型広告を文末の参考文献程度に扱っていると考えてほしい.

今後の連載について

 初見以外の読者の方ならご存知だろうが、そろそろ「The Book of Tea」の翻訳が終焉を迎える.最後は千利休が力囲希咄の〇〇をするようだからぜひ楽しみにしてほしいと思っている.

 私が考えているのは、次回作のことだ.次の翻訳は何にしようかな、と思案している最中で、既に翻訳されたものよりは、未翻訳の珍品を発掘して翻訳したいという邪な考えが私の脳内を占拠している.Rabindranath Tagoreも良いのだが既に高良とみによる優れた翻訳がある.Iris Murdochもなかなか面白そうであるが、長編小説の翻訳であるとこちらの気力が持たない可能性がある.う〜ん、難しい.

 おいおい、現象学ファントム空間論が残ってるじゃないか、という熱心な読者もいるかもしれない.その通りである.こちらは同時進行でちびちびやっていく.現象学がご無沙汰であるのは、やはり扱うテーマが重厚だからで、決してサボりではない.Edmund Husserlのみで現象学を扱うのはいささか無理があるように思っていて、ネタを収集するべく現在渉猟に出かけているのである.まずはMartin Heideggerの「存在と時間」を読んでから構想を練るつもりだ.決して中途半端にはしないのでどうか楽しみに待ってもらえれば幸いだ.そもそも「確信成立条件」をブログで示そうなどという目的は壮大にもほどがあるだろう.時間がかかるに決まっている.

記事の英訳について

 翻訳といえば、岡真理による「記憶/物語」の評論を英訳してみようと思って、すでに一話は英訳してみたのだった.正直にいえば自信がない.突然聖人君子のような人がスッと現れて無償で添削してくれる、なんてことがあればいいが、あるわけないので、どんどん突き進むのみである.この特集も最後まで完結させて、日英の記事として海外にも分有したいと思う.

 というわけで、私にとっては書きたいことが土山のようにある.ネタがつきることはないだろう.書くことも辛くない.むしろ作品が完成すると一種のカタルシスすら感じる.だが、私の凡庸な頭脳ではこれ以上の投稿スピードは出せないし、記事をまとめる力もそこまでない.千手観音くらい手があればなぁ、なんてことも考えたが、それはそれで大変だろう.

最後に 

 本記事はとある楽曲を紹介して締めくくりたい.私にとって今日のような肌寒い冬の曇天には宇多田ヒカルの曲が特にしっくりくるのである.

♪心の電波 届いてますか 罪人たちの Heart Station

 亀吾郎法律事務所が皆さんのHeart Stationであればいいなと密かに願っております.ここまで読んでくださりありがとうございました.