サムギョプサル、そして

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 言葉には流行り廃りがあって、流行語として広く君臨することもあれば、死語として常用されなくなり、少数勢力の慰みや学術者の研究材料になるのかもしれない.私は流行語大賞などの報道にはてんで興味がないから、今どんな言葉が流布しているといったことは知らない.しかし、ある一つの言葉は最近、我が亀吾郎法律事務所で使われるようになってきた.

 先日、所内で焼肉を行った.とはいっても題名の通り、豚の三枚肉を切って焼いたに過ぎない.だが、焼肉屋に行くのとは別格の味わいであって、至福の時間であったように思う.今回はその話をしながら事務所内の流行語を紹介したい.

 私は、亀吾郎法律事務所の掃除夫であるが、同時に厨人でもあることが多い.私は如何に珍味珍品を用いず一般の食料品店で調達できる品を使って、事務所の皆さんに享楽してもらうかを念頭に置いて調理している.そういったときに動画サイトを参照して、料理をつくることが増えてきた.おそらくこういう風潮は多くの家庭にもありそうで、何だか料理本の売れ行きが低迷しそうな雰囲気である.簡単さ、手軽さ、そういった料理で美味しさが確約されるのであれば、確かに人気は出る.人は一過性の爆発的な人気を「バズる」、という現象で捉えるようである.きっと英語のbuzzから借用しているのだろうが、あまり「バズって」しまってもブンブン蝿が飛び交っているようで喧しいのも事実である.「バズる」ことは一部、動画の再生回数を増やすため、金銭収入を得るため、といった背後の目的によって行われることもあるかもしれない.不興を買ってでも話題性を瞬間的に生み出す方法は、人々の憤怒を焚き付けて電子の海を炎上させる.その度倫理観が問われることはあるが、一時的な快楽を求めるためにすぐに人々は油をせっせと注いでいる.

 湯船にコーラを張って浸かる様子を放送する、クジを全部買ってクジ屋のメンツを潰す、分厚い氷の塊に融点限界の金属球を上から落とす、一日で北海道と沖縄を旅行するなどといった珍奇な行動があることを見聞きした.酔っ払ってやっているのかと思えば、おおよそ皆素面である.中には四大天使と同じ名を名乗り常に仮面を被っている頓痴気な人もいる.よくもまぁそんなことを白昼素面でやれるなという興醒めを私は感じてしまう.革命家を自称し不登校を貫徹する児童も出現した.視聴者の快楽刺激に対する感覚閾値が徐々に上がって、生半可な刺激では不感症となり、さらなる刺激を欲しがる人々の需要に求めるべく放映者は奇天烈さを増してゆく.過剰な刺激物質に対して受容体を増やし、なんとかして生理的平衡を保つような、薬剤過感受性の病理に近いことを私は考えてしまう.P. Valéryも「精神の危機」で似たようなことを述べていたと思う.「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」という言葉があるが、全人類阿呆になってしまったほうがいいのだろうか.古くから宋書に伝わる袁粲の例え話として、「狂泉」が知られるので紹介しておこう.

 昔有一国,国有一水、号曰狂泉.国人飲此水,無不狂,唯国君穿井而汲、独得无恙.国人既並狂、反謂国主之不狂為狂、於是聚謀、共執国主、療其狂疾.火艾針薬、莫不必具.国主不任其苦、於是到泉所酌而飲之.飲畢便狂.君臣大小、其狂若一、衆乃歓然.我既不狂、難以独立、比亦欲試飲此水.

沈約、「宋書」巻八十九、袁粲伝

「昔ある国に、ひとつだけ水飲み場があって、狂泉と呼ばれていた.国民はこの水を飲んでいたので皆狂ってしまっていた.唯一王だけが井戸を掘って水を汲んでいたので、無事でいた.国民は軒並み狂っていたので、かえって国王の狂っていないのを狂っていると思い込み、皆で謀って国主を執え、国王の病気を治そうとして、モグサや針や薬など、あらゆる手を尽くした.国王は治療の苦しみに耐えきれず、泉へ行って水を汲んで飲んだ.そして飲み終わるやいなや狂ってしまった.君主も臣下も大人も子供も同じように狂ったので、皆はやっと喜んだ」と、ここまで話した袁粲は「私はもとより狂っていないものの、たった独りで貫き通すのも難しい.それで最近では、私も試しに狂泉を飲んでみようかと思うようになった」と.

 この寓話はおそらく、語り継がれ時を越えて詩人Khalil Gibranの耳に入ったのだろう.著作「The Madman(狂人)」の「The Wise King(賢王)」には極めて類似した話がある.原文のみ紹介したい.私がこの関連を知ったのは妻のお陰である.妻は私よりも博覧強記なのだ!

The Wise King
Once there ruled in the distant city of Wirani a king who was both mighty and wise. And he was feared for his might and loved for his wisdom.

Now, in the heart of that city was a well, whose water was cool and crystalline, from which all the inhabitants drank, even the king and his courtiers; for there was no other well.

One night when all were asleep, a witch entered the city, and poured seven drops of strange liquid into the well, and said, “From this hour he who drinks this water shall become mad.”

Next morning all the inhabitants, save the king and his lord chamberlain, drank from the well and became mad, even as the witch had foretold.

And during that day the people in the narrow streets and in the market places did naught but whisper to one another, “The king is mad. Our king and his lord chamberlain have lost their reason. Surely we cannot be ruled by a mad king. We must dethrone him.”

That evening the king ordered a golden goblet to be filled from the well. And when it was brought to him he drank deeply, and gave it to his lord chamberlain to drink.

And there was great rejoicing in that distant city of Wirani, because its king and its lord chamberlain had regained their reason.

K. Gibran, The Wise King, The Madman

 このような話からどのような寓意を読み取るかは読者の感性に委ねられる.私訳は別の機会にしよう.難しい英文ではないのできっとすぐ読めてしまうはずだ.

 余談だが、現代でも和製ホラーゲームにおいて名高い「SIRENシリーズ」には、上記の類似した構造を見ることができる(私見だが大変な恐怖体験に近い.迂闊に動画サイトで検索すると後悔するかもしれないし、オススメ動画にホラーばかりが並ぶ悲劇になるから安易な視聴はオススメしない).エヴァンゲリオンにおける「人類補完計画」も類似した計画であろう.狂気とは誰にとって、狂気なのか.私が狂っていないという確信は信憑に足るのだろうか.何を以てして狂気というのか.こうした問題提起はまた別の機会にして、サムギョプサルの話に戻ろう.とかく私がここまで引っ張って言いたかったのは、現代のマスメディアについて、狂気が狂気を内包している構造のために、視聴者と投稿者、運営全てである総体が狂気じみていれば皆健全に見えてしまうような恐ろしさがあるのではないか、ということだ.かく言う私も狂人の一人かもしれないから、これ以上強くは主張しない.

 奇妙奇天烈摩訶不思議奇想天外四捨五入出前迅速落書無用な動画サイトの中にも、秀逸だと思うものはいくつかあって、私がサムギョプサルを作ったのはそれがきっかけであった.スーパーマーケットに売っている豚バラ肉ブロックが特売で売っている時は、皆さんもサムギョプサルを夕餉に考慮してもいいかもしれない.消費期限が近くなって値引きしているときは買い時かもしれない.腐敗と熟成は表裏一体であるから、かえって旨味が増していると楽観すれば、正しく調理する限り問題ない.自宅にキムチがあれば上出来である.動画投稿者である料理研究家はキムチは優れた調味料であり食材であると言う.この言葉の意味は実際にバラ肉から出た脂でキムチを炒めたときに身に染みる.味もよく沁みる.葉野菜(レタス、サンチュ)があれば、肉を巻いて食べると、食欲をそそる香ばしい薫りと溢れる肉々しさに透き通る清涼感を感じ、抜群の相性を感じる.大葉、エゴマがあると、家族が集う円卓に和やかな静寂が訪れるはずだ.我々は白米は食べずに肉400gと野菜でのみ完結した.これで十分お腹いっぱいになるし充実感もある.糖質制限をしている人にも吉報だ.肉の脂身は加熱段階で溶けていくので過剰に気にすることはない.

 日本国内の韓国料理店へは何度か行って、美味しいビビンバやトッポギ、スンドゥブ、チヂミ、クッパ、サムゲタンを食べたことはあった.どれも舌鼓を打つ優れた料理だと思う.韓国、国内のみならず、遠い異国の料理を食べたりすると、実際に訪れて、作り手の顔を見てみたいと思うようになる.どんな人が作って、どんな人が食べているのか、なぜその調理法なのか、と.動画サイトのいくつかは投稿者が調理することが多いので、作り手の顔が見えて、親近感が湧くこともある.その人がどんな思想に基づいてレシピを考案したのか、どのような経験があってそこに行き着いたのか、完全でなくとも思いをはせることができる.料理の動画はそのような意味で見ると面白いものがいくつかある.私が見た動画はそういうものであった.変な動画を観て笑い転げるのもいいが、私はカメの甲羅干し動画や、料理動画、音楽だけがかかり続ける静止画が好きだ.


 我が事務所の流行語について戻ろう.一般には「多人数でルールに基づいて競い合い、結果最も優れていると認められること」を「優勝」というのに対して、近年では(4−5年前のようだが)「優勝」を「非常に良い気持ちになる、心地よくなる」といった肯定的な感動を表すのに使うことがあるようだ.今も流行っているのかは知らない.所謂インターネットスラングであるから、多用は禁物だ.使いすぎるとやや痛々しくなる.オジサンは特に.

 「今日は、山岡家でプレミアム塩豚骨と餃子のセットで優勝しない?」「明日は休みだから、コンビニで酒とツマミを買って、三人で酒盛りして優勝しようや」といった感じで使う.幸福の余韻を「優勝してしまった」といって表現することもある.

 かくして我々もサムギョプサルを食して「優勝」した.夫婦二人とも「優勝」してしまった.大変美味だった.焼き肉店に行くと結構値段が高く付くが、自宅サムギョプサルであれば、案外気軽に勝利宣言できてしまう.それに敗北者はいない.もしかすれば誰も敗北を喫せず、肯定的感情のみ残るから流行ったのかもしれない.言葉が生まれた背景に、学校教育における平等性の問題だとか、現代社会の競争原理に対する抵抗などといった考えがひょっとしてあるのかな、と一寸脳裏を過ぎったが、考え過ぎだ.きっと違うだろう.ともかく我々の事務所内では「優勝」が少しだけ流行っている.きっと時間が経てば廃れてしまうだろう.私達の事務所と現実世界では流れる時間が異なっている.

 時間の流れが異なれど秋の日は釣瓶落とし、であり、やはり秋は夕暮れ、である.そして天高く馬肥ゆる秋でもある.読書の秋、食欲の秋.皆さんはどんな秋をお過ごしでしょうか.誰にとっても飽きの来ない日々が訪れますように.

あまりまとまりませんでしたが、ここまで読んでくださりありがとうございます.

 

 

Freude am Rühren かきまぜる喜び

The Book of Tea: 茶の本 Chapter III 第三章

Taoism and Zennism 道教と禅道

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Take eggs out from refrigerator, crack two or three of them and pour into bowl, then beat. Put a piece of butter into a flying-pan. Make a fire and melt it until the butter covers the surface. When the pan gets enough heated, pour beaten eggs into the pan, then stir them as fast as possible with your full energy.

When eggs become soft-scrambled, put away from the fire and let them cool. About 30 seconds of silence. Take off the remains of eggs on the edge of pan with spatula, at this time, you may mix in other ingredients. Put the pan on the fire again with a high heat, tidy up a shape like spindle. Use wrist pliably to turn over the cuisine on the pan, then serve it in a plate. Need ketchup? Help yourself.

This is an irreplaceable moment. If a stew is a long-distance race, this cuisine is a sprint. This is a race to the finish in an instant. Winner is for those who cook the dish better.

A hot omelette is always an outstanding masterpiece. Many will adore the creamy taste of omelette. The sauce of yolk overflows when corrupting the perfect creation, this is a breathtaking moment but also a painful time. The mild saltness of butter is awesome. You can put in sliced cheese, mushrooms, beacon, chopped vegetables are fantastic. minced meat are greatly welcomed. An omelette adopts every ingredients and embodies with itself. The definition of the legitimate omelette cannot be decided forever. because whoever the chef, such as the Spanish, the French, the Taiwanese, or the Iranian, always make excellent omelettes in their styles. Egg dishes were the beloved of people since the era of an ancient empire, they eagerly took pains and enjoyed the completion of recipe, by studying how to heat or to mix with other ingredients.

 冷蔵庫から鶏卵を取り出す.二、三個割って、器に入れて溶き卵にする.フライパンに牛酪を入れる.火をつけて溶かし表面を油で覆う.フライパンを十分に温めたら溶き卵を注ぎ、全身全霊で一気にかき混ぜる.

 

 半熟になってきたら、火からフライパンを離し、少し冷ます.約30秒の静寂.縁についた卵を箆で剥がし、ここで具材を任意で放る.再び火にかけ、紡錘状に形を整えてゆく.手首をうまく使ってパン上でひっくり返す.皿に盛る.ケチャップはお好みで.

 

 この時間は刹那.煮込み料理が長距離走なら、この料理は短距離走だ.一瞬で勝負がつく.美味しくできれば優勝だ.

 

 出来上がったオムレツは美味しい.ふわふわなオムレツが好きな人は多い.崩すと中からとろっと溢れる卵液.牛酪の塩加減が絶妙だ.中に乾酪があっても良いし、茸でも、ベーコンでも良い.刻んだ野菜も良いし、挽肉と和えたって良い.オムレツは具材を受容し自らと一体化する.勿論、もっと変性させて固くしても良い.スペイン風でも、フランス風でも、台湾風でもイラン風でも美味しいに違いない.だからオムレツの定義は難しい.何が正統なオムレツかはどうでもよい.古代の帝国から鶏卵料理は人々に寵愛され、その生命の器をどのように熱して、どのような具材と混ぜるか、苦心し、完成を楽しんできた.

と、ここまでは英文和文ともに私の文章.以下は天心の訳になります.オムレツの礼賛、いかがでしたか.


The connection of Zennism with tea is proverbial. We have already remarked that the tea-ceremony was a development of the Zen ritual. The name of Laotse, the founder of Taoism, is also intimately associated with the history of tea. It is written in the Chinese school manual concerning the origin of habits and customs that the ceremony of offering tea to a guest began with Kwanyin, a well-known disciple of Laotse, who first at the gate of the Han Pass presented to the “Old Philosopher” a cup of the golden elixir. We shall not stop to discuss the authenticity of such tales, which are valuable, however, as a confirming the early use of the beverage by the Taoists. Our interest in Taoism and Zennism here lies mainly in those ideas regarding life and art which are so embodied in what we call Teaism.

It is to be regretted that as yet there appears to be no adequate presentation of the Taoists and Zen doctrines in any foreign language, though we have had several laudable attempts.

Translation is always a treason, and as a Ming author observes, can at its best be only the reverse side of brocade, – all the threads are there, but not the subtlety of colour or design. But, after all, what great doctrine is there which is easy to expound? The ancient sages never put their teachings in systematic form. They spoke in paradoxes, for they were afraid of uttering half-truths. They began by talking like fools and ended by making their hearers wise. Laotse himself, with his quaint humour, says “If people of inferior intelligence hear of the Tao, they laugh immensely. It would be the Tao unless they laughed at it.”

The Tao literally means a Path. it has been severally translated as the Way, the Absolute, the Law, Nature, Supreme Reason, the Mode. These renderings are not incorrect, for the use of the term by the Taoists differs according to the subject-matter of the inquiry. Laotse himself spoke of it thus: “There is a thing which is all-containing, which was born before the existence of Heaven and Earth. How silent! How solitary! It stands alone and changes not. It revolves without danger to itself and is the mother of the universe. I do not know its name and so call it the Path. With reluctance I call it the Infinite. Infinity is the Fleeting, the Fleeting is the Vanishing, the vanishing is the Reverting.” The Tao is in the Passage rather than the Path. It is the spirit of Cosmic Change, – the eternal growth which returns upon itself to produce new forms. It recoils upon itself like the dragon, the beloved symbol of the Taoists. It folds and unfolds as do the clouds. The Tao might be spoken of as the Great Transition. Subjectivity it is the Mood of the Universe. Its Absolute is the Relative.

It should be remembered in the first place that Taoism, like its legitimate successor Zennism, represents the individualistic trend of the Southern Chinese mind in contradistinction to the communism of Northern China which expressed itself in Confucianism. The Middle Kingdom is as vast as Europe and has a differentiation of idiosyncrasies marked by the two great river systems which traverse it. The Yangtse-Kiang and Hoang-Ho are respectively the Mediterranean and the Baltic. Even to-day, in spite of centuries of unification, the Southern Celestial differs in his thoughts and beliefs from his Northern brother as a member of the Latin race differs from the Teuton. In ancient days when communication was even more difficult than at present, and especially during the feudal period, this difference in thought was most pronounced. The art and poetry of the one breathes an atmosphere entirely distinct from that of the other. In Laotse and his followers and in Kutsugen, the forerunner of the Yangtse-Kiang nature poets, we find an idealism quite inconsistent with the prosaic ethical notions of their contemporary northern writers. Laotse lived five centuries before the Christian Era.


 禅道と茶の結びつきはよく知られている.我々は既に茶会が禅道の儀礼の発展であることについて述べてきた.道教の創始である老子の名も、茶の歴史と密接である.慣習と風俗の起源に関する中国の指南書に、客に茶を提供する儀礼が記されており、茶会は老子の門弟で有名な関伊が函谷関で「老賢者」に初めて一杯の黄金の霊薬を振る舞ったことが始まりとされている.我々はそのような話の真偽を論じることを止めはしない.しかしながら、道教徒による茶の古い使用を確証するものとしてその話には価値がある.道教と禅道に対する我々の関心は主に、茶道に体現する人生と芸術に関するこうした思想にあるのだ.

 

 我々は幾度と尊ぶべき試みを行ってきたのにも関わらず、道教徒と禅宗の教義を表す適当な外国文がないことは遺憾である.

 翻訳というのは常に背信である.そして、ある明朝の著作家が述べるように、せいぜい最善を尽くしても錦織の裏でしかない.あらゆる錦糸は織り込まれても彩色と意匠の精緻はない.しかし結局、説明するのが容易い偉大な教義とは何であろうか.古の賢人は系統だった形式で説法をすることは決してなかった.彼らは逆説的に話をした.というのは半分正しいことを述べることを恐れたからである.彼らは愚者のように話し始め、聞き手が賢くなるよう話し終えたのだ.老子自身、奇警なユーモアを備え、「知性の劣る人が『道』を聞けば、笑い転げるであろう.笑われない限りは『道』ではない」と言ったのだ.

「道」は文字通り、「路」を意味する.それは「方法」、「絶対」、「法」、「自然」、「最上の理性」、「様式」と幾度も訳されてきた.これらの言葉は誤ってはいない.質問の主題によって道教徒が用いる言葉が異なるからだ.老子自身このように述べている.「万物を有する物が存在する、それは天地の存在以前に生まれたのだ.なんと静かなことか.なんと寂しいことか.独り立っていて変わることはない.自身を巻き込むが危険がなく、宇宙の母なのである.私はその名を知らないから『道』と呼ぼう.気が進まないが『無限』と呼ぼう.『無限』とは『一瞬』であり、『一瞬』とは『消滅』である.『消滅』とは『回帰』である.『道』とは『路』よりも『径』である.『道』は『宇宙変化』の精神であり、新たな形を生み出すため自身へと回帰する永遠の成長である.自身に返る龍のように、道教徒に愛された象徴である.雲のように立ち込め、溶けてゆく.『道』は『大きな過渡期』として話されるのだろう.主体としては『宇宙』の『様式』である.その『絶対』は『相対』である」

はじめに覚えておくべきは、禅宗が道教の正統な後継者であるように、道教は、儒教として表される中国北方の共産主義と異なって、中国南部の精神の個人主義的傾向を表している.中華王国はヨーロッパと同じ広さであり、特異性の分化が、横断して流れる二つの大河によって生まれた.揚子江と黄河は地中海とバルト海に相当する.今日でさえ、統一の世紀にも関わらず、南方中国は、ラテン系とチュートン系で異なるように、思想と信条が北方の同胞と異なるのである.古代の時代には意思疎通は現代よりもますます困難であり、特に封建時代の間、思想の差異は最も著しいものであった.技芸と詩歌は他方とは全く異なる空気感を生み出す.老子とその門弟において、揚子江の自然詩人先駆者である屈原において、我々は現代の北部文人の散文的で倫理的観念とはまったく不一致な理念を見出す.老子はキリスト教の時代五世紀以前に生きていたのである.