「記憶/物語」を読んで 3

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小説の成り立ち、バルザックの「リアル」

 第二章で彼女は「小説」成立の歴史的経緯を概説し、H. Balzacの小説、「Adieu」を例に出来事の暴力性を紹介する.

 まず、小説は近代ヨーロッパにおいて発展した文学形式である、と章が始まる.そうなのか、と私は考えもしなかった事実に不意を突かれた.まず、物語という従来の語りの形式は、共同体の一つの小さな世界で、共同体に帰属する者たちにとって共有されるのと対照的に、小説は、一つのテクストが、地域や共同体を超えて、言語も超えて様々に異なった異質な読者を相手にする点で違うと指摘する.

  試しにOxford Dictionary of Englishを参照すると、物語(narrative)は’a spoken or written account of connected eventsとあり、小説(novel)はa fictitious prose narrative of book length, typically representing character and action with some degree of realism.と記されている.また語源については以下のようである.確かに近代成立以降の概念であることがわかる.

mid 16th century: from Italian novella(storia) ‘new (story)’. The word is also found from late Middle English until 18th century in the sense ‘a novelty, a piece of news’, from Old French novelle.

 小説が物語と異なる理由に、小説の隆盛の要因となった近代の時代背景を彼女は挙げる.一つは近現代の歴史が植民地主義の歴史でもあり、小説が原語のまま、母語を他にする者たちによって読まれる状況が生じたこと、さらに彼らが母語以外の言語で小説を書くという事態が起きたことである.そして製紙技術や印刷技術の科学が不可欠であったし、製本するための資源も要する.書物を輸送させる物流システムの構築も考えねばなるまい.小さなコミュニティを超えて、母語を異にする者たちに作品が読まれるためには、統一言語の存在が必要であり、統一された言語を理解する読者が欠かせなくなる.国家や国語という近代社会において要請された画一的言語、画一的集団が小説を支えたのであると考える.小説は統一された言語を近代社会に要請する一方で、近代社会は、小説が構築する虚構世界に国家を形成するための俯瞰視点を見出したとも指摘する.この指摘は興味深く、俯瞰視点という用語は彼女によって次の章でさらに深堀りされるのであるが、小説が国家と密接な関係にあることを先に読者に喚起する.

 小説は近代ヨーロッパにおいて発展した文学形式である、と筆者は先に述べた.ではヨーロッパ以外はどうなのか、ということについて現代アラブ文学を専門とする彼女の観点が光る.パレスチナ系アメリカ人文学者エドワード・サイード(Edward Said(إدوارد سعيد))の名を挙げ、小説がその性格からして虚構の空間に世界を構築するものだとし、イスラーム教徒にとって被創造物たる人間が、唯一神の創造物とは別の創造を行うことは、イスラームから外れた行い、ビドゥア(بدعة)であるという意見を提示している.小説家が世界を構築するとき、それは自然と創造者の俯瞰視点になる.この考えであれば私達は作品創造という営為のうちに、あるいは国家形成によって不遜にも神に挑み続けていたようである.厳格な一神教ならではの面白い考えである.だが、調べればすぐに現代のアラブ文学は次々と出現していることはわかる.現代では、神の視座に関するウラマーの見解と、「小説」の体裁に類似した文学作品の意義をイスラームの人々はどのように折衷しているのだろうか.

 さて、彼女は西欧に対抗する意見として中東の文人を用いて「超越者の視点」に関する説明を試みているが、我が国における小説の形成も一応参照しておこう.

 加藤周一の「日本文学史序説」によると、近代ヨーロッパで呼ぶ所の世俗的日常的な現実描写を骨子とする物語を「近代小説」とすれば、十世紀の日本宮廷社会では既に「近代小説」に比肩する小説的世界が成立していたという.それは「落窪物語」である.「落窪物語」は継母の継子いじめの話である.一家族をめぐる日常的な事件の詳細、登場人物のそれぞれ異なる性格、人物の相互の心理的関係、非日常的な出来事や超自然的な力を介入させない点で「近代小説」に呼応する.だが、当時は彼らは小説という言葉を用いたわけでもなく、小説形式を成すための文学理論は存在しなかった.明治時代に小説は近代ヨーロッパの変遷を踏襲した坪内逍遥の「小説神髄」(1885-1886)が発表されて初めて、我が国の小説家が誕生したという定説が多い.田山花袋から正宗白鳥に至る「自然主義派」が出現してから様々な派閥が興隆することになる.明治維新の黎明期に青年であった文人らの特徴にも触れられている.彼らは西洋文化との広汎で組織的な、伝統的な教養の深さ、およびの社会の全体に対する関心が指摘されている.特に、文化的伝統の対象化である. 

 ヨーロッパとの接触は、個人的な水準においてそれが深く徹底的であるほど、日本の文化的遺産に対する当事者の自覚を促す.西洋人の偏見に対する反発、あるいは日本の伝統文化を評価する外国人への反応が起こり得る.それは「ナショナリズム」であり、または彼らの日本への評価が普遍的な評価基準に基づくのであれば、それを認めなければならない.日本の立場を擁護する必要もある.岡倉天心はその代表と言って良い.彼はだから英文で「東洋の理想」(1903)と「茶の本」(1906)を書いたのである.鈴木大拙も彼に似る.二人は日本文化を意識的に対象化し、普遍的な為し方で分析と叙述を試みた.しかし普遍的な言語は英語だけではない.森鴎外は西洋言語の散文の正確さと推論の秩序に学び、緻密な日本語の文体を確立している.以後、永井荷風、木下杢太郎、石川淳、中野重治へ続く.夏目漱石は小説の一形式を完成させ、西田幾多郎は独自の文体で哲学的思索をまとめたのであった.彼らの文学的貢献によって統一言語での記述がなされ、また明治政府は近代国家の成立を果たした.小説が要請する条件を満たしたのである.

 国家黎明期においてキリスト教の輸入は十九世紀後半の知識人に影響をもたらしたが、殊に北米系のプロテスタンティズムのキリスト教であり、その教会であった.彼らが近づいたのは宗教性というよりもキリスト教を通じた西洋の言語、思想、文学であったようだ.国木田独歩、島崎藤村、正宗白鳥、岩野泡鳴など「自然主義」小説家らは皆成人前に洗礼を受けたが、五年以内に棄教する潔さがあった.キリスト教の説く、超越的絶対者との関係において定義される正義と、キリストによる原罪の救済という観念は彼らには響かなかった.キリスト教は独立人格の自己同定に根拠を与えるものとして機能したに過ぎない.信仰の棄却に関する精神的痕跡は彼らの文学に見られないと加藤は指摘する(加藤は全部読んだのか……??).

 以上を考えると、日本の近現代文学形成において西洋の接近が重要な要因であることがわかる.ナショナリズムの萌芽を促し、普遍的価値の叙述への道をひらいた.キリスト教への関心は宗教的側面ではなく、あくまで彼らのアイデンティティ形成の手段であり、文学への窓口として利用したということになる.自己実現のために作品創造を行ったとすれば、そこに神の視点という言葉はふさわしくないように思われる.神の衰退かどうかはともかく、とりあえずはメタフィクション的(以下メタ的)な視点ということになるのかもしれない.これは濫喩である.

 だがメタ的な視点が神の視点でないとすれば誰の目線なのだろうか.作者かというとそうとは限らない.筆者は非人称の語り手、という言葉を用いるが、それ以上明示されない.

 兎にも角にも、小説が国家と密接な関係があることを理解した.国家には社会の変革によって国民が巻き込まれる事態、例えば「戦争」や破壊的な出来事のように、不可避な場合がある.逃れられない不条理が個々人に刻みつけるトラウマ(外傷)は、時制を壊し、過去として馴致不能な現在の暴力として回帰する.そうした語ることも水に流すことのできない<出来事>を、小説は時代の要請のもと、身に引き受けたのではないかと筆者は推察する.私達は小説という装置に語りを委ねることを期待したのではないか、それが不可能であるかはわからないが、人々は分有の可能性に賭けたのだと.

 筆者はH. Balzacの小説、「Adieu」を例に挙げる.私は読んだことがないのだが、筆者のあらすじ紹介で概略はつかむことができた.ナポレオン戦争を題材に1830年に書かれたこの作品は、彼女が繰り返し述べてきた、現実の<出来事>の叙述不可能な部分を虚構世界の小説に仮託することで、語り得ない余剰部分を浮かばせるという企てを示しているのではないかという.

 作品に登場するF大佐は、「Adieu」としか言わない狂女に偶然出会った.しばらくしてその女性はかつての恋人Sであったとわかる.過去にSは戦争に従軍するF大佐を追って、ロシアまで赴いた.だが、フランスの敗退によってロシア軍に包囲され大佐は逃げおおせたものの、Sは敵軍の慰み者となってしまったのだ.F大佐が知る恋人としての彼女の最後の言葉は「Adieu」(お別れね)であった.2年もの間蹂躙された彼女は正気を失っていた.大佐はなんとかかつてのSを取り戻そうと奔走するが医療は期待できない.彼がとった最後の手段は、なんと当時の情景を完全に再構成し、記憶を取り戻すことであった.場所、季節、衣服、舞台装置すべて揃えて.

 Sの記憶は、F大佐の壮大なエゴイズムによる、かつての情景を見ることで回帰した.しかし、「Adieu」と元恋人のFに告げるや否や事切れてしまった.Sを失ったFは取り残され、まもなく彼は死を選んだ.Sが亡くなった理由や自殺した理由の類推はいくらでもできるかもしれない.しかし、作品に示されるのは彼らの死だけである.この明文化されない空隙が、読者を容赦なく突き放す.見事に当惑させる.理不尽さや不条理という言葉は浮かぶが、そんな陳腐な言葉では言い尽くせないだろう.

 Sにとって自身を獣以下に貶める転機となった舞台を再び目にすることは、超絶怒涛の暴力である.彼女が思い出したのではなく、まさしく時制を壊された出来事が現実に回帰した好例であろう.なんて酷いことをF大佐はしたのだろう、と思うかもしれない.彼はただSをどうしても取り戻したかったのだ.取り戻すことでSを救済したいと願うFのナルシスティックな心理と、眼前の狂女がSであることを認知したくない彼の否認を知ると、これ以上の言及について私は言葉をよく選ばなければならないと思う.

 この作品はフィクションである.特にF大佐が、記憶を取り戻すために現場の再構成を仕掛けるあたりは小説のなせる業だろう.だが、Sが「Adieu」しか言わないこと、彼女がそれ以上語らないがために、我々はFとSの時間・空間的断絶を感じ、その断絶の中に戦争が刻んだ傷を観取することができるのだろう.

ここまで読んでくださり、ありがとうございます.

 

投稿者: 吾郎

2019年12月11日に事務所創設.法律以外の様々な問題を取り扱います.Office est. 11/12/19. Our articles include essay, translation, study about literature, psychiatry(psychopathology), humanities and sometimes roofless vehicles.

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