瑣末な報告と大きな感謝

 

 こんにちは.そろそろ来月頭で亀吾郎法律事務所が設立されて実は四ヶ月くらいになります.WordPressのアカウントを取得し、ホームページを公開したのは2020年の6月3日でした.記事を初投稿したのは6月4日になります.

 当初から現在に至るまで迷走し続けていますが、どうにか四ヶ月近く記事を投稿してこられたのは望外でした.この記事で総投稿数は56になります.記事の内容に依らず一月あたり14記事投稿しているのでした.毎日はどうしても難しいですがなんとか継続できているのは嬉しいことです.毎日投稿なさっているブロガーの方々は私からすれば脱帽ものです.恐れ入ります.

 今回の記事は数合わせ的な狙いがございます.ですから今まで以上に中身がございません.とは言ってもせっかく来てくださった方を邪険にしたくはありませんので、亀吾郎法律事務所の過去4ヶ月の統計情報を公開してみようかと思います.

 以下は個人を特定するものではございません.

June/6月July/7月August/8月September/9月Total/計
Views/表示数1206345085511813
Visitors/訪問25768080261
Likes/いいね16532752148
 

 ご覧の通り、ブログ界では圧倒的な弱小でございます.「ハッハー!俺の所の方が多いぜぇ」と思う方もいるかもしれません.大変結構なことです.

 次は訪問する人の出身国を列挙しました.

Country/国Views/表示数
1Japan1717
2China27
3Australia24
4USA20
5France12
6Mexico3
7Italy2
8UK2
9Indonesia2
10Germany1
11Greece1
12Russia1
13Finland1

 圧倒的に日本が多いです.日本語で記事を書いているから当然ですよね.ですが思った以上に外国からお客さんが来るのは驚きでした.嬉しいですね.フィンランドやロシアの方はどうやってきたのでしょう.

 そして最後は最も表示数の多かった記事を公開します.あくまで記事に限定しています.

Article/記事Views/表示数
1ニュー・ジャック・スイングに寄せて22
2美味しいピザを食べよう 結婚式を間近で見るということ 自分で問題を提起するシリーズ:序 北海道走行回想録20
3談話異聞録 Pandemic and Persona 本を整頓するということ19
4秋の芸術鑑賞会 読書という泳ぎ方 近年の異世界系小説に見る超越と脱出:117
5亀吾郎法律事務所が目指す所 暴食ライフ、ベルゼブブと化した若輩 亀吾郎法律事務所の仕事について What I have in my mind16
6サムギョプサル、そして 私の考えていること The Book of Tea: 茶の本 其の弐②15
リンクを貼りました.よかったらどうぞ!

 うーん.20も満たないとなんとも言えない感じです.まったく統計学的有意差はないでしょうね.まぁ一喜一憂せず続けようと思っているので、特に気にしておりません.どんどん続けて投稿数が100を超えたらまた検討してみようと考えています.

 ブログは読者の皆さんがいるからこそ成立するものです.これからも忘れないで続けていきます.いいね、がついたり訪問数が増えると何だがお小遣いが増えるみたいで嬉しいものです.いつもありがとうございます.これからもどうぞご愛顧くださりますよう、亀吾郎法律事務所スタッフ一同励んで参ります!よろしくお願いします.

「キーボード」の話

 こんにちは.吾郎です.近日私達の住む所は天気が穏やかで、摂氏25度、湿度54%と温度計に示されていました.こんな気候は、夏の英国のバース(Bath)やブライトン(Brighton)、米国加州のナパ(Napa)、ソノマ(Sonoma)を思い出します.北海道も似たような空気感でした.皆さんはいかがお過ごしですか.私達はこんな気候がずっと続いたらなぁと、みんなで話しておりました.

 先日、荷物を送るために、宅急便の事務所に行きました.メルカリというオンライン上で個人が物品の売買を可能にするサービスを利用して、匿名の相手へ配送を依頼しました.送料などの支払はオンラインでなされる為、金銭のやり取りは其の場で行わず、必要最低限の接触で済みました.携帯電話に作成されるQRコードを店舗で読み取ってもらうだけでした.今のご時世に即しためずらしく合理的な仕組みだなと関心しておりました.その背景でなされる手続きはどのくらい大変なのかはわかりませんが、現場の方々にとっても円滑なシステムであることを願っています.

 私達はわけあって、「キーボード」を送る必要がありました.店先でこんなやりとりがありました.

「中身はなんですか」

「キーボードです」

「あぁ、キーボード、楽器ってことね、梱包は大丈夫ですか」

「いえ、パソコンのキーボードでして.ちゃんと包んであります」

とっさにキーボードを打つ仕草をしながら私は言いました.

「あら、パソコンの方ね.すみません、キーボードっててっきり楽器の方かと.笑われちゃうわね」

「いえいえ、こちらこそすみません」

 こうして和やかに手続きは終わりました.帰り道、さぶちゃんと少し話をしました.

「キーボードと言つても、楽器の方もあるんだねえ.我々はパソコンのキーボードを送るつもりだつたから、そつちの方は思いもよらなかつた」

「そうだねぇ.向こうは自分を卑下していたけど、そんなことないよね」

「パソコンのキーボードを打つ動作も、楽器のキーボードを打鍵する動作も同じだからなあ、あの仕草は全くの無駄だつたなあ、お笑いだね」

 私はキーボードは「パソコンの」だと信じきっていたので、今回のやり取りは全く不意を突かれたものでした.思い込みというのはその時に覆されるまでずっと続くのですから、結構怖いもので、いかに私達の確信形成というのは脆く不備があるものかと実感したのでした.そうした齟齬は問題事にならずに済んだのは幸運であったと思います.


 確信を形成する機構について、というと大風呂敷を広げてしまうテーマですが、現象学ないし精神医学を学ぶ身として、私達の認知に於いて時に深刻なエラーを引き起こしうる、この誤った確信或いは歪んだ認知、というのはやはりよく追求すべき領域なのだと考えます.統合失調症や覚醒剤精神病に代表される幻覚妄想状態だけではなく、後天的かつ不可逆的な神経認知領域の変化すなわち認知症、自己の容姿に対する認知変化が引き起こす醜形恐怖症などの不安障碍圏、摂食障害といった病態はいずれも自己の確信形成に重大な機能不全・失調が起きているのでしょう.勿論、双極性障碍や大うつ病といった気分障碍圏でも認知の歪みが生じてしまいます(心気妄想など).そして言うまでもなく、健常とされている医学的に問題の指摘されていない人々でさえも.

 確信成立の条件を解明することと、それが生物学的な次元でどのように反映されるか.そして打開策を現実世界にどう活用させるか.よく精神科臨床は「話聞いていればいいよね」のような誤解を受けますが(個人の感想です)、私個人の意見が許せば、極めて高度な戦略性が要求される治療学で、一手一手のミスが命取りになる将棋やチェスといったボードゲームにも通ずるものがあるかなと考えます.対象の確信の度合いが強ければ強いほど、治療者と対象との認識の差が大きいほど治療介入は困難を究めるものです.綿密な調査と学問的に裏打ちされた方法論によって初めて適切な面接は可能になると私は信じています.

 今回の事務所でのやり取りは相手の寛大な度量のおかげで、終始穏やかな雰囲気で進みました.人と人との対話が斯くの如く温和なものであれば、もう少し世間は秋の美しい空気のように和やかなのかもしれません.ですが先日の某国の大統領選挙戦にかかる公開討論会を見る限り、恒久平和は暫く先のようです.

 It is scarcely an exaggeration to say that at present mankind as a species is insane and that nothing is so urgent upon us as the recovery of mental self-control. We call an individual insane if his ruling ideas are so much out of adjustment to his circumstances that he is a danger to himself and others. This definition of insanity seems to cover the entire human species at the present time, and it is no figure of speech but a plain statement of fact, that man has to ‘pull his mind together’ or perish. To perish or to enter upon a phase of mature power and effort. No middle way seems open to him. He has to go up or down. He cannot stay at what he is.

H. G. Wells, A Short History of the World, 1922

 種としての現在の人類は常軌を逸しており、自制心の回復ほど我々にとって急務であるものは無いと言っても過言ではあるまい.個人に占めている考えが周囲に対してあまりにも調和を欠いているために自他ともに危険を及ぼすことを我々は個人の狂気と呼ぶ.この狂気の定義は現在の人類すべてに当てはまるように思われ、そして文飾無しに事実を明白に述べると、人類は「心を引き締める」か滅ぶかである.滅び去るか、成熟した能力と奮闘の段階へ進むかである.人類に中間の道は開かれていないようだ.昇っていくか堕ちてゆくかしかない.現在の精神状態ではいられないのである.

H. G. ウェルズ、 世界史概観、1922年

100年前の人類が正気でないとしたら現在の人類はどんなものでしょう?

ここまで読んでくださってありがとうございます.